【完】『藤の日の記憶』

ようやく一月の大震災の痛手から甦りつつあった大阪へ長橋一誠が戻ってきたのは、連休を前にした四月も半ば過ぎのことである。

「関東はどうやったん?」

「東京はてんやわんややったみたいやけど、うちがおったんは鎌倉の近くやったからなぁ」

新大阪の駅まで迎えにワーゲンのビートルで来てくれたのは、歯医者の倅の泉直也であった。

「なんや知らんけど、地下鉄でえらいことあったってニュースで言うてたやん」

長橋のやつ大丈夫やってんやろか、と仲間内で噂になっていたことを、助手席で初めて知った。

「あんだけの修羅場やってんやで、簡単には死なへんでぇ」

泉と一誠は東平野町とまだ呼ばれていた時代の幼稚園からの腐れ縁で、かれこれ十五年以上はつきあいがある。

「せや」

渋滞にはまった高速の車中で泉は、

「今度の連休、どっか行くんか?」

「取り敢えず一日は姫路に墓参りしなあかんけど、あとはずっと弁天町や」

「ほな、花見でもするか?」

「桜は散ってるし、造幣局の通り抜けは終わってるしで、吉野の山奥でも行く気か?」

「花は桜と限ったもんやあれへん」

泉は切り返した。



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