契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「メモさ。今はなんでもメールで済むしな」

 鈴音は薬の袋に一筆箋を添えていた。

【痛む時には必ず服用してください。くれぐれも無理しませんよう。なにかあったらすぐに知らせてください】

 今朝、そう筆を走らせたものを入れておいた。

 鈴音にとっては特に珍しいことでもなんでもなかった。業務中にほかのスタッフへメモを残したりするのは日常茶飯事だし、なにより普段から日記をつけている。

 考えてみれば、確かに一般的に大人になってから字を書くという機会は少なくなるのかもしれない。

 忍にとっては新鮮なことで、些細なことだったけれど印象的だった。

「初めて……? 忍さんなら、今までに多くの女性から送られてきそうなのに」

 けれど、鈴音はつい思ったことをそのまま口から滑らせ、目を瞬かせる。

 それこそ忍の言う通り、今はメールかもしれないけれど、小さい頃や学生時代なら、まだ手紙のやりとりはありそうだ。男子はそんなことなかっただろうが、忍は百パーセントもらう側だ。

 鈴音は忍が、これまで女子たちに手紙をもらったことなどないということはなさそうだと思った。

「まあ、何度かもらったことはあったけど、オレを気遣うような内容だったことは一度もない。あれは、なかなかうれしいものだと今日わかった」

 せっかく背けたはずの顔を、また忍に引き戻される。

(不可抗力だ。だって、こんなこと言われてなにも感じないでいられるはずがないじゃない)

 鈴音は頬を染め、瞳を揺らがせる。今度は忍が鈴音の変化に意識を奪われた。

「あっ……もうこんな時間ですね。早く横になって身体を休めないと」

 その場にパッと立ち上がり、視線を泳がせて言う。
 このまま忍と向き合って話すだけで、自分の感情をコントロールできなくなりそうだった。

(でも、今日もすぐ痛み止めを飲んだくらいだし、また夜中に傷が病むかもしれない)

 すぐにでも忍と距離を取ろうと思ったが、包帯姿の忍を見ると、自分の勝手な感情で責任を放棄できなくなる。

 鈴音はこの部屋からいますぐ立ち去るべきか、留まるべきか迷う。
 迷っている理由は、忍の側から離れたいというのが本心ではないからだ。
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