契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 身動きできなくなった鈴音の代わりに、微妙な間を打開したのは忍。

「毎回気遣いで迷われるのは面倒だ。オレの傷が心配なら、治るまでこっちで寝てろ」

 思い悩んでいることを見透かされて戸惑った。けれど、それよりも忍の意見に喜びを感じる自分に一番驚く。

「あの布団で寝かせるのは気になっていたし、そうかといってきみはベッドは要らないって言う。まあ、もしベッドを買ったとしても、どうせいつかここを出ていくときに、君はベッドなんて持って行かなそうだしな」

 忍はTシャツを着て、一笑する。
 合理的とも取れる発言に、鈴音はほんの少し傷ついた。しかしすぐに自分を叱咤する。

(彼の言う通りじゃない。私はそこまでしてもらう理由がないんだから。ここは私のいるべき場所じゃない)

 あくまで一時の住処。そう言い聞かせ、鈴音は顔を上げた。

「……わかりました。ちょうど、柳多さんにも言われましたし、そうさせていただきます」

 なんとか冷静な声で答えると、忍が訝し気な顔をする。

「柳多? なんて?」
「周囲にバレないために、ある程度、日常的に夫婦らしくしたほうが賢明だ、というようなことを」

 鈴音が薬を片付けながら事務的に説明する。
 忍はそれを受け、鼻で笑ってベッドに横たわった。

「はっ。柳多が言いそうなことだな」

 そうして鈴音に背を向けるように、慎重に寝返りを打つ。ゆっくりとした動作に、鈴音は心配そうな目を向ける。

「傷……痛みませんか?」

 ベッドに近付き、小声で尋ねる。

 忍の背中はとても広く逞しいはずなのに、どこか淋しそうで思わず抱きしめたくなる。
 鈴音がもどかしい思いを抱いて忍を見つめていると、背中越しに返事が聞こえてきた。

「昨日言ったはずだ。気にするな、と。怪我したのが鈴音じゃなくてよかったよ」
「私は、忍さんじゃなく、自分だったらよかったと思っています」

 こんな思いをするくらいなら、いっそ自分が怪我を負ったほうがよかった。
 なんにも関係のない忍が苦しそうにしているのを見るのは、あまりに胸が痛い。

(絶対後悔しているよね。私が忍さんなら、こんな女に関わらなきゃよかったって思ってる)

 小さく唇を噛み、やりきれない思いを抱えていると、不意に忍が振り返った。

「知ってる。それでも、オレでよかったと思ってるよ」

 そうとだけ口にすると、また顔を戻された。
 鈴音は忍がよくわからないと複雑な思いを馳せる。

 その日も同じベッドで寝たが、距離を取ってお互い端と端で眠りに就いた。
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