契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 その日も、鈴音が眠る時間まで忍は帰宅しなかった。
 しかし、夕食は不要という連絡はなかったため、忍の食事を用意してテーブルに置いておく。

【お疲れ様です。しつこいようですが、薬をお忘れなく。 鈴音】

 メモを添え、薬も隣に用意してリビングの電気を消した。

 忍が怪我をしてから丸四日。薬の種類はひとつ減ったが、まだ服用を続けている。
 痛みはだいぶ和らいできたのだというのがわかるのは、今も鈴音は忍の隣で休んでいるからだ。

 鈴音が包帯を巻いてあげたあの日から二日、忍と顔を合わせていない。

「包帯……どうしてるのかな」

 鈴音がつぶやいたのは、寝室。目の前にはキングサイズのベッドがある。

 忍が朝早くから遅くまで仕事ができるほど回復したというのは承知していたが、なにせ本人と顔を合わせていない。

 顔も合わせずに、勝手に自室で休むようにするのもどうなのかと、鈴音は悩みに悩んで今日まで忍の部屋にお世話になっていた。

(もしかしたら、包帯くらい巻いてくれる女性がいるのかもしれないし)

 面倒なことが嫌だと言っていたが、裏を返せば割り切れる相手なら好都合なのかもしれない。
 鈴音は無意識にそんなことまで想像し、知らぬ間に落ち込んでいた。

(バカなこと考えてないで、さっさと寝よう)

 手帳をサイドテーブルに置き、パラパラ捲る。寝る前の習慣は、住む家が変わっても寝室が変わっても続いている。

【何事もなく一日が終わった。今日も平和に過ごせるのは……彼のおかげだと思う】

 心で思ったままに万年筆を走らせる。そこまで書いてから、なんだか気恥ずかしくなって消したくなった。
 でも、インクは消せない。

(誰に見せるわけでもないから……)

 鈴音は今書いた一文から目を背け、最後に一行書き足す。

【ちゃんと、任された責務は全うする】

(そう。そういうことだ。私は彼と約束しているんだから)

 一時の感情に流されて忘れそうになるなら、何度でも書き記せばいい。
 自分に言い聞かせるように、もう一度思い出させるように。

 鈴音はインクが粗方乾いたのを見て、手帳を閉じる。そっとベッドの下に忍ばせ、ベッドサイドランプを消した。
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