契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 なぜだか今なら色々と聞ける気がした。
 裏を返せば、今の雰囲気ならば、忍がすべて答えてくれるような気がしたのだ。

 そう思って聞いたのだが、忍は鈴音を一瞥するだけで口を噤んでしまった。

「あ……言えないことでしたらいいんですけれど」

 鈴音が狼狽して付け足すと、忍が微動だにせぬまま突然答えた。

「化粧をしてもらって、綺麗になった自分を見たときの喜ぶ顔が忘れられない。あんな笑顔にさせられるなんてすごいことだなと改めて気づいたから」

 鈴音は忍を凝視する。

「このままなら、それが全部夢で終わってしまう。できるなら自分のやりたいことをしたいだろ? ただ黙って諦めるわけにはいかない。それが親父と対立することだとしても」

 忍が顔を上げ、鈴音の目をまっすぐと見て捕えた。

 普段は落ち着いていて少し冷淡そうに見えるとか、受け答えが強引だったりして、傲慢な性格だとか、そんなことが全部ひっくり返される。

 忍の瞳に宿った光は情熱的で、歪んだ欲望など微塵も感じさせない。
 初めて社会に出た青年のように純粋な瞳に、鈴音は放心する。

 無意識に考えたことと言えば、彼の夢を叶えさせてあげたいということだった。
 彼の内面にぐんと近づいた鈴音は、いっそう惹きつけられてしまった。

 忍は鈴音が固まっている理由が、こんな話を聞かされて困っているのだと思い込む。
 微苦笑を浮かべ、鈴音の頭にポンと手を置いた。

「なんて言って、親父の言いなりになるふりをして、争いを避けてどうにか自分に有利にならないか虎視眈々と狙っている狡い男だよ。鈴音には本当に悪いと思っている」

 左手で頬杖をつき、鈴音の顔を下から覗き込んで、くしゃくしゃと髪を乱す。

(せっかく話してくれたけれど、私はそれを聞くだけでなにも言ってあげられない)

 鈴音は忍の温かい手にされるがまま、俯いた。
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