契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 同時刻。鈴音は休憩に入るところだった。
 従業員用通路に入ってすぐに、携帯を手にする。

(あ、メール……)

 忍から、【今夜は遅くなる。食事もいらない】と一行のメールを受け、鈴音はほっとしたような寂しいような複雑な心境になった。

 携帯を持つ左手を返し、薬指に目を落とす。

 昨日、忍からもらったマリッジリング。

 それをじっくり見たのは今朝のことで、改めて分不相応だと肩を竦めた。

 小粒のダイヤモンドが途切れることなく並んでいる、エタニティリング。
 ゴージャスだけれど、派手に見えないのは華奢なラインのおかげだろう。

 夫婦を演じるためだけにしては高価そうな指輪に、鈴音は嘆息を漏らす。
 そうして、ふと疑問が浮かんだ。

(そういえば、サイズがぴったりだったけれどどうしてだろう。それと、忍さんも指輪をつけているのかな? 昨日はそこまで確認する余裕なかった)

 立ち止まって指輪を見つめる。そこに、ほかの店の従業員が通りかかって、咄嗟に左手を隠した。

 すれ違う男性従業員を横目に見て、不意に佐々原を思い出す。

 昨日の今日で気まずいのは確かだけれど、現実的に避けられない。
 平常心を心がけて出社したものの、佐々原は午前中に支店長と打ち合わせのため、売り場には顔を見せなかった。

 そして梨々花も休みなのだが、彼女からは昨夜メールがきていた。
 内容は、佐々原に知られてしまったことへの謝罪と、近々ゆっくり食事でもして話をしたいということだった。

(忍さんも遅いみたいだし、今日が都合いいかな?)

「山崎さん」
< 155 / 249 >

この作品をシェア

pagetop