契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 再び携帯を操作しかけたところで、正面から声をかけられる。
 顔を上げるよりも先に、その呼び声で相手がわかり、目を見開いて彼を見た。

「さっ、佐々原さん……!」
「お疲れ様。これから休憩?」

 こんなところで遭遇するだなんて思っていなかったせいで、周章狼狽する。

「は、はい。接客していて、少し予定より押してしまって」
「そっか。売り場は気にせず、ちゃんと休憩しておいで」

 鈴音はもう一度「はい」と答え、ぎこちなく頭を下げた。
本当はこのまま佐々原を横切って、すぐに立ち去りたい気持ちだったが、あの話をうやむやにすることはできないだろうと留まった。

 しかし、どう切り出せばいいものかと悩んでいると、佐々原が言った。

「あのさ。山崎さん、今夜予定ある?」
「え……?」

 鈴音は目を丸くした。

「少しだけ、話できない? 余計なお世話かもしれないけれど、オレやっぱり昨日のことが気になっているんだ」

 佐々原は真剣な顔つきで鈴音を見つめる。

「ありがとうございます。でも、本当に大丈夫です」
「大丈夫なわけないだろう!」

 鈴音の答えに、温厚な佐々原が声を荒らげる。
びっくりして肩を上げた鈴音に、佐々原はばつが悪い表情をして視線を落とす。

「……ごめん。だけど、冷静になって。結婚って、そんな安易にしちゃいけないでしょ。本当に好きな人とするものだって」

 佐々原に言われて胸に鈍い痛みを感じた。
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