契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 ――『好きな人とするもの』

 そのひとことが、鈴音の心に深く突き刺さる。

「オレ、山崎さんが好きなんだ。そんなおかしなこと、放っておけない」

 奥歯を噛んでいたら、突然佐々原から告白を受け、どぎまぎとした。

 ここまで自分に対して必死に思ってくれているのは本当にありがたい。
 佐々原の気持ちは素直にうれしく、胸の奥が温まる。でも、彼の気持ちを受け入れる余地はない。

 こういうちょっとした拍子に頭に浮かぶのは、絶対に忍だった。

「ありがとうございます。でも、ごめんなさい」

 鈴音は深く頭を下げ、そのまま静止する。

「彼と結婚をして後悔はないんです。確かに常識から外れているとはわかっています。でも、私は現状に満足しています」

 昨夜、彼の夢を聞いた。
 形だけとはいえ、自分の夫が誇らしく感じた。自然と、支えてあげたいと思った。

 あの瞬間、鈴音は忍と一緒にいられることがうれしかった。

 鈴音はゆっくりと身体を起こし、佐々原とまっすぐ向き合う。

「佐々原さんの気持ちは、とてもうれしかったです。頼みごとをするような立場ではない重々承知していますが……どうか、この件は佐々原さんの胸の内だけに留めておいていただけませんか」

 鈴音の心を決めた表情に、佐々原はもうなにも言えなくなってしまった。
 交錯させていた視線を先に逸らしたのは佐々原だ。『負けた』と言うように項垂れて、失笑する。

「……前に頼まれていた書類、総務に連絡してあるから。数日中に届くと思う」

 佐々原が足を動かし、鈴音の真横に並んだ際に言った。
 鈴音は目を剥いて佐々原を見上げ、最後にもう一度礼を口にする。

「どうもありがとうございます」
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