契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「なんだ?」

 忍は鈴音の反応に眉を顰める。しかし、鈴音は臆することなくまだ笑っていた。

 血が半分しか繋がっていなくても、容姿が似ていなくても、ふたりはこんなにもそっくりだ。
 それがわかると、なんだか笑顔が零れてしまった。

 頬が緩むのを抑えきれなくて、鈴音は笑いをごまかすように身体ごと顔を背けた。その拍子にサイドテーブルに足をぶつけ、万年筆が絨毯の上に転がった。

 忍がそれに気づくと拾い上げ、手の中の万年筆に目を落とした。
 鈴音が笑う理由を教えないものだから、忍は諦めて話題を変える。

「ところで、毎日なに書いているんだ?」

 忍は一緒に暮らしてから、鈴音が手帳になにかを記していることに気付いていた。

 詮索していると思われそうでこれまで聞くこともなかったが、彼女との距離が少し近づいたため、自然と訊ねることができた。

「その日のことを、ほんのひとことだけ……」
「へえ。鈴音は字が綺麗だとずっと思ってたけど、毎日字を書いているからっていうのもあるのかな。少し羨ましいよ」

 忍が純粋な気持ちを吐露して万年筆を手渡す。

 鈴音はなぜだか忍に褒められるとうれしくなる。
 長い指から万年筆を受け取り、軽く握り締め、緩みそうな頬を引き締める。

 鈴音が視線を下げている間に、忍はカバンからパンフレットを二部取り出し、サイドテーブルに置いた。

「それで、式場だけど、カメリアかデリエ。このどちらかにしてほしい。オレは気にしないんだが親父は体裁面を気にするから」

 鈴音が目を向けると、ふたつのホテルのパンフレットがあった。
 それを手に取ることもせず、鈴音は忍をおもむろに見上げる。

「私はどちらでも構いません。元々忍さんのためのお式みたいなものですし、そんなに私に気遣いしなくても大丈夫ですから」

 気を遣われれば遣われるほど、勘違いしてしまいそうになる。

 出会ったときのように、もっと話も事務的に淡々としてくれていたらそんなこともないのだろう。けれども、忍自身気がついていないことだが、鈴音への対応があの頃と違っている。
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