契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
(そうかといって、実際に他人行儀な扱いをされれば、きっと傷つくくせに)

 鈴音が心の中で自分を嘲笑していると、忍が片方のパンフレットを開いて呟く。

「……じゃあ、デリエだな」

 忍がひとり分のスペースを開け、鈴音の隣に腰を下ろす。
 鈴音はそろりと横顔を窺い、ぽつりと尋ねた。

「即答っていうことは、忍さんはそちらのホテルのほうがお好きなんですか?」
「いや別に。親父がカメリアのほうが好きだと思ったから」

 パンフレットをパラパラと捲り、素っ気なく答える。
 淡泊な反応を示したのは、鈴音にではない。光吉に対してだ。

 それを感じ取った鈴音は、きょとんとしてつい口から零した。

「忍さんって、案外子どもっぽいんですね」

 父親が選ばないだろうという方を敢えて選ぶ。
 それは、反抗期の子どものようで、鈴音は思わず笑った。

 しかし、彼にとってはそんな微笑ましい反抗心で言ったわけではなかったのだと思うと、ハッとして口を引き結んだ。

 そろりと忍の様子を見れば、パンフレットに目を落としている。

 けれど手は止まっていて、そわそわとした気持ちでいると突然忍の瞳が鈴音を捕えた。鈴音はドキリとして小さく肩を上げる。

「そうだとしたら、鈴音の前だけだな」
「え?」
「そんなこと、一度も言われたことはない」

 忍は鈴音から視線を外し、「ふっ」と僅かに口角を上げた。
 鈴音は自分だけだと言われ、些細なことだと理解しつつも心が浮ついてしまう。

 返答に困り、黙っていると、あっという間に忍は元に戻っていた。
 まるで業務事項かのように、言葉を並べる。

「これ以上鈴音に負担をかけたくはないと思っているが、何度かウエディングプランナーと打ち合わせはお願いしなければならないかもしれない」
「あ、はい。そのくらいでしたら」

(忍さんは忙しいだろうし)
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