契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 そうして、約一時間の打ち合わせを終え、帰路についた。

 いつもとは違う道をぼんやりとして歩く。

(まさか、自分が結婚式を挙げるなんて)

 漠然と、自分は結婚式を挙げることはないと思っていた。
 というよりも、結婚できないと思っていた。

 人生はどうなるものが読めないものだなとしみじみ感じていた。

 結婚することもないだろうと諦めていたところに、縁遠い〝次期社長〟という肩書きを持つ男と出会った。そして、考えたこともない契約結婚をすることに決めた。

 すべてが予想外。
 それは、今抱えている感情までもが――。

(『まさか』なことが多すぎる)

 首を軽く横に振り、目線をゆっくり上げていく。大通りの信号で足を止め、何気なく流れる車を眺めていた。

 もう夜で暗いというのに、一瞬目の前を走り去っただけの車にふと目が留まる。
 その車のテールランプを目で追っていると、偶然にも数メートル先でハザードランプを点けて停車した。

 暗くて視界が悪いため、車のナンバーまでは確認できない。けれど、その車種は確かに忍と同じだ。

 鈴音が注視していると、助手席のドアが開く。
 そこから現れたのは、どこか見覚えのある女性だった。

 不自然に思われない程度に目を向け続けていると、女性は運転席へなにか声をかけている。直後、車は発進していき、女性は鈴音のいる方向へ歩き出した。

 あまり直視しすぎると変に思われてしまう。鈴音は顔をパッと前に戻しながらも、チラチラと女性を気にしていた。
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