契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
【だんだんと心苦しくなっていく。最初に覚悟はしていたはずなのに】

 胸の内に留めておけなくなった思いは、誰に伝えることもできない。
 だから、手帳の一行に書いて、気持ちを収めるしかなかった。

 鈴音は手帳を閉じ、枕元に置いた。目を瞑る前に、天井を見つめる。
 いつもよりも高く感じる天井。そのわけは、ベッドではなかったからだ。

 忍は今日遅いと聞いていた。キッチンには夜食を用意し、メモを添えてある。内容は当たり障りのないことで、帰り道に見た光景について触れることはできなかった。

 星羅とはどんな用件で会っていたのだろう。そして、なぜ時間差で柳多が彼女の元に現れたのだろうか。

 久しぶりに横になった自分の布団は、なんだか他人の物のように思える。

(私、いつの間に慣れてしまったの)

 彼の部屋。彼のベッド。そして、眠る彼の隣。
 数えればたった数日のことのはずなのに、もう順応しているだなんてどうかしていると瞳を閉じた。

 自分の変化を認めるとしても、せめて、この感情を最後まで隠し通したい。

 その後鈴音は、なかなか寝付くことができずに何度も寝返りを繰り返す。気づけば一時間が経っていた。
 薄暗い部屋にも目は慣れて、目覚まし時計の位置を簡単に当てる。バックライトをつけるのにボタンを押す。

(十一時過ぎ。忍さんはまだ帰らないよね。今のうち……)

 なんとなく顔を合わせづらくて、忍との鉢合わせを避けたかった。

 乾いた喉を潤すのに、キッチンへ足早に向かう。コップに水を注ぎ、グイッと一気に呷った。
 一向に眠れる様子はないけれど、横になって瞼を閉じているしかない。

 そう思いながら、キッチンの電気を消し、廊下に出たときだった。玄関から解錠される音がして、びくっと肩を震わせた。

 頭では『早く部屋に戻らなきゃ』と思ってはいるものの、身体が硬直して動かない。
 その間に玄関は開いて、忍と目が合った。

「鈴音? 真っ暗な中でなにしてる?」

 少々戸惑い気味な声を出したのも無理はない。
 帰宅してドアを開けたら、電気も点けない廊下に人影があったのだから。
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