契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「……これは共犯です。忍さんだけのせいにはしません」

 その言葉に今度は忍が瞳を見開いた。芯が強い鈴音の眼差しに、いつしか自然と笑いが零れる。

 忍は目を落とし、箸を手に取り味噌汁を口に持っていく。ひと口めを含む直前、ぽつりと呟いた。

「なんか、鈴音と話していると自分が小さく思えてくるよ」

 昔から父の人間性は好かなかった。それが、明理が家に来たことによりいっそう色濃くなる。

 本当は父の後を継ぐことなんか考えていなかった。けれど、いつも危機感なく笑って過ごす父の焦慮する姿を見てみたいとチラッと頭を掠めた。

 父と決別したくて、ずっとそればかりを考えてきたはずなのに、結局その思いが逆に父に執着させている――それを気づかせてくれたのは、自分のこととなると弱く、誰かのためになら強くなれる鈴音だった。

 そんなふうに思われているなど知らない鈴音は、ただ今も真摯に向き合う。

「だれかを憎むって、それだけの気持ちが元々あったっていうことですよね。私は実父に対してそういう気持ちはないですから」

 鈴音の両親は小学校に上がる前に離婚をしていたが、父も女性関係にだらしないのだと幼心にわかっていた。
 気丈に振る舞い、いつも笑って育ててくれた母だったから、父に囚われることなどなかったのかもしれない。

「その気持ちを今から別のものに変えることってできないんでしょうか……? 離れたいのなら、自分の人生を歩くことだと思うんです」

 他人の気持ちなんて全部わかってあげることはできない。
 無理に寄り添うくらいならば、自分の思いを伝えるほうがいい。

 その代わり、心から思いを込めて。

「そうしたら、きっと忍さんの人生はもっと素敵になる気がする」

 相手が大切な人だから。

 忍は心を揺さぶられ、言葉がなにも出てこなかった。
 少しの間、鈴音を見る。それから、何事もなかったように食事を始めた。

 その日の夜は、別室で休んだ。
 鈴音はやはり寝付けず、ただ身体を横たえる。無意識に考えていることと言えば彼のこと。

 しかし、まさか同じ頃、忍も同じように過ごしているとは思いもしていなかった。
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