契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「ひとりでいいの。そのほうがいい」

 鈴音は呟き、静かに弁当を開けた。
 梨々花は先に箸をつけ始める鈴音をジッと観察し、おもむろに口を開く。

「私、確かに能天気なキャラかもしれないけれど、ちゃんと話聞くときは聞くよ」

 不意に真剣な目を向けられ、うっかり鈴音は動揺を見せてしまった。
 それはすぐに取り繕うことができなくて、梨々花から目を逸らすのが精いっぱいだ。

 鈴音の視界には自分が作った弁当。それでも、自分に向けられる梨々花の視線はひしひしと感じられる。
 しばしの沈黙の後、鈴音が意を決して吐露した。

「忍さんは、私が彼を好きにならないと思ったから私を選んだ。それを裏切りたくない」

 この感情はずっと押し殺してきた。それは、これからも変わらない。
 でも、だれかに言いたかった。

「だから、私はあの人を好きになっちゃいけない」

 そして、呪文のように自分に言い聞かせる。

「抗わなければ気持ちが相手に向いてしまうって、もう好きって言っているようなものだと思うよ」

 梨々花はテーブル上の両手を固く握り、鈴音に訴えかける。
 鈴音の気持ちを察すると、大きく驚くことはなかった。鈴音が忍に対し、好意的な感情は抱いていると思っていたからだ。

 それが確定した今、梨々花は迷わず背中を押した。
 けれども、鈴音の表情は物憂げで、口元に浮かべた笑みもどこか儚い。

「でも、だめなの……絶対に」

 好きと彼に認めてしまえばこの生活が終わる。告白したと同時に、忍のそばにいられなくなる。

「鈴音……」
「さ。食べよ食べよ。梨々花のパスタ、せっかく美味しそうなのに冷めちゃうよ」

 期間限定の夫婦。それならば、せめて最後まで隠し通したい。
 一日でも長く、彼の妻でいられるように。

 鈴音は改めてそう心に強く決めた。
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