契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 休憩が終わり、売り場に戻る。
 途中だった在庫チェックを始めようと引き出しを開けた。そのとき、自分の前に人が立った気配を感じて顔を上げた。

「いらっしゃいま……せ」
「地味な制服ね」

 鈴音は目を剥いて固まった。
 開口一番に失礼な発言をされて驚いたわけではない。瞳に映っているのが星羅だったためだ。

「……星羅さん」
「あら。名前を覚えてもらえていたなんて光栄だわ。私はあなたの名前を忘れてしまったけれど」

 悪びれもせず、しれっと言う星羅にいっそ心地よさすら感じる。

「山……黒瀧鈴音です」

 鈴音は改めて自己紹介をしたが、言い慣れない名字が恥ずかしくて一瞬俯いた。
 すぐに落ち着きを取り戻し、顔を上げる。

「本日はいかがされましたか?」

 にこりと営業スマイルを浮かべ、星羅に訊ねる。

 本音はこの間、忍や柳多といたことについて気になって仕方がなかった。しかし、そんなことを聞くことなどできるはずもない。
 鈴音は悶々をした感情をグッと抑え込み、柔らかく目を細めている。

 星羅は目前のショーケースに視線を落として答えた。

「別にこの店に用はなかったの。ここの百貨店にはローレンスが入っているでしょう? そこを見に来ただけなのよ。でも、あなたがここで勤めていると噂で聞いたから」
「そうでしたか」

 ショーケースの上に右手を添え、商品を眺めながらゆっくりと移動する星羅にひとこと返す。すると、星羅の足がぴたりと止まり、彼女の大きな黒目が鈴音を捕えた。

 星羅は品定めでもするかのようにジロジロと見る。
 鈴音がその視線に居心地の悪さを感じ、ふっと目を逸らした瞬間に星羅が言った。

「あなたは彼にとって、どんなメリットがあるのかなあって」
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