契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 星羅の言葉に思わず視線を戻す。刹那、今度は星羅が目線を外し、鈴音の前で軽く組んだ両手を捕えた。
鈴音の左手の薬指……マリッジリングを睨みつけたまま口を開く。

「私、知ってるのよ」
「え……?」

 急にトーンが落ちた声とニッと口角を上げる星羅に内心狼狽する。

(知ってる……? まさか、私たちの契約を?)

 もしかして、あの夜忍が彼女に教えたのだろうかと想像し、心臓が騒ぎ出す。

 嫌な心地になっているのは、嘘がバレているのかも……ということよりも、忍にとっての特別はほかにいるかもしれないと、リアルに突きつけられたせいだ。

 認めたくはなかった。だけど、鈴音は今自分の中の感情を認識した。

 自分だけが彼の特別でいたい。

 そんな嫉妬心が明らかに芽生えているのを。
 可憐な容姿の星羅がしたり顔で動揺する鈴音を見て、ふっくらとした唇をゆっくり開いた。

「忍さんが今一番欲しいもの」

 星羅の答えが思っていたものではなく、拍子抜けした。とはいえ、気にならないと言えば嘘になる。

 鈴音はショーケースを見つめながら、手をぎゅっと握りしめて考える。視界に星羅の洋服が入り込んでくると、思考がいっそう乱れてしまう。

 星羅が少しでも目に映るだけで不穏な気持ちに支配されてしまいそうだった。
 不本意ながら、瞼を閉じようかと迷っていたところに勝ち誇った声が向けられる。

「それはあなたにはなくて、私にはあるもの。彼に与えてあげられるのは私だけ」

 再び星羅を見れば、自信満々といった表情だ。
 それに比べ、妻であるはずの鈴音は悄然としている。

 瞳を揺らす鈴音の耳に、星羅の色っぽい唇が寄せられた。

「ねえ。あなたたちの結婚って、フェイクでしょう?」

 耳孔の奥に響いた甘い声は、鈴音の視界を白黒に変えた。
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