契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
ふたりが無言になって視線を交錯させているときに、柳多よりも低い声が割って入った。
稲妻に打たれたような感覚が全身を駆け巡る。
鈴音は硬直して息すらも止まった。

ベッドを見ると、やおら上半身を起こし、右手で額を押さえる忍の姿があった。
忍はしかめっ面でさらに言う。

「約束って、なんの」

(どこから聞かれていたの?)

人生でこんなに心臓が破裂しそうに思ったことなどない。
ドクドクと大きな鼓動が耳のすぐそばで聞こえる気すらする。

驚いたのはどうやら柳多も同じだったようで、忍を見て固まっていた。
そんななか、先に口火を切ったのは鈴音だった。

「すみません。ずっと、忍さんには隠していましたが……私、借金があったんです」

苦し紛れではあったが、間が空けば開くほど怪しまれる。そう考えてデタラメを言った。
幸い、忍は酔っているうえ、部屋は仄暗い。どうにかやりすごせると信じて堂々と立つ。

「借金?」

険しい表情で聞き返され、唇が震えてしまいそうだった。
鈴音は手にグッと力を入れ、はっきりと受け答えした。

「はい。私が柳多さんに口止めしていたんです。もう済んだことですし」
「もう済んだこと?」
「以前、柳多さんづてにいただいたお金を返済にあてさせていただいたので」

鈴音の説明に唖然としたのは忍だけではなく、柳多もだ。
いつの間にかベッドから立ち上がり、鈴音を食い入るように見つめている。

男運もないうえ金銭トラブルまで抱えていたと思わせてしまえば、短期間とはいえ黒瀧のなに傷がついたと入籍したことを後悔するかもしれない。

けれども、叶わぬ願いなら、いっそ嫌われてしまったほうが気持ちが軽くなる。

鈴音は自分に言い聞かせ、忍にまっすぐ向き合う。

「そんなこと知ら……」
「ああ。下にタクシーを待たせているんでした。副社長、すみませんが私はこれで。鈴音様、遅くに失礼いたしました」

頭痛を堪えながら発した忍の言葉を掻き消すように、柳多が挨拶をした。
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