契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました。お気をつけて」

柳多に乗っかり、話をうやむやにして鈴音も頭を下げる。

忍は具合が悪く、相変わらず眉間に皺を作ったまま、柳多の後ろ姿を霞む視界に映していた。
彼の背中が見えなくなると、今度は目線を鈴音に移す。

すると、鈴音がゆっくり振り返った。そして忍へ歩み寄っていく。
逆光で忍からは鈴音の表情が見えづらい。それでも忍は鈴音から目を離せず、じっと見ていた。

鈴音の右手が忍のほうへ伸びていく。

「あ、柳多さんの忘れ物。忍さん、どうぞ休んでいてください。すぐ戻ります」

その手はベッドの上に着地し、携帯電話を握った。

鈴音は忍を残し。急いで玄関へ向かう。
しかし、すでに柳多は家を出てしまっていて、鈴音は靴を履いてエレベーターホールへ急いだ。

柳多の後ろ姿を見つけ、鈴音は少し手前で足を止める。

「私は、彼の目的を邪魔しようだなんて思ったことないですから」

鈴音は牽制していきなり好戦的な言葉を投げかける。

手に持っている携帯を渡そうともしなかった。なぜなら、その携帯は自分のものだからだ。

鈴音は機転をきかせ、自分がずっと握り締めていた携帯をあたかも柳多が忘れたかのように振る舞って家を出てきた。

柳多とふたりきりで話をするために。

「あなたは彼の味方なんじゃないんですか? お金のこと、彼のプライドのために黙っておくようにしたのは柳多さんでしょう」

エレベーターが到着したが、ふたりともそんなことに気も留めず、視線をぶつけ合う。
少しして、柳多が「ふっ」と笑った。
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