契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「おはよう、山崎さん。これ、頼まれていた書類」

鈴音が出社し、売り場に立つとすぐ佐々原がやってきた。
まだ若干気まずい気持ちはあるが、ハッキリと意思を伝えたおかげか面と向かって話はできる。

「ありがとうございます」

鈴音は丁寧にお辞儀をして両手で封筒を受け取る。
何事もなかったかのような振る舞いに、未だぎこちなさを残すのは佐々原だった。

「あー……その、どう? 最近」
「はい。平穏です。本当に余計な心配をおかけしてすみません」
「そ、そっか。あ、そうだ。新シリーズのディスプレイなんだけど」

あまりに平然とした鈴音の対応に、佐々原はまともに話を続けられなくて仕事へ切り替えた。
佐々原は気づかず業務上の話をしているが、鈴音は内心忍を思い出して不安定だった。

平日の日中は、比較的客足も穏やかだ。
そのため、時間が経つのは遅く感じ、余計なことを考えてしまう。

いつもなら来客のない時間に、出来る仕事を考えて動いている。商品を綺麗に磨いたり並べたり、包装資材を補充したりと探せばいくらでも仕事はある。

しかし、今日の鈴音は機敏に動くどころかぼーっとしている時間が多い。
今も、いつから開いているのかという在庫確認票にペンを置いたままだ。

鈴音の生気の抜けたような横顔に、ひとり近づき声をかけた。

「鈴音っ」
「あっ、いらっしゃいま……梨々花!」

慌てて背筋を伸ばして顔を上げると、そこには勤務中の梨々花が立っていた。

鈴音は客だと思っていた緊張が一気に解けて、小さく息を吐いた。
梨々花はさらに近寄っていき、にんまり顔でひそひそと言う。
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