契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「どうだった? 衣装合わせ」

無邪気な梨々花に目を丸くし、視線を落として力なく笑って答える。

「あー……ちょっと疲れた」

苦笑してそう説明するのが精いっぱい。
梨々花の目を見てしまったら、たぶん感情が溢れ出てしまうと感じ、ずっと瞼は伏せたまま。

幸い、梨々花は鈴音の本心には気づかず、いつも通りだ。
鈴音の反応に驚いて、仕事中にも関わらずやや声を大きくしてしまった。

「ええ!? なにそれ! もうせっかくなんだし、いい予行練習だと思って、色々試着して楽しんじゃいなよ」

鈴音の顔を覗き込もうとした矢先、梨々花の売り場のほうから呼び声が聞こえる。

「あ、はーい。じゃあ、今度ゆっくり話聞かせてね! 写真も見せてね!」

梨々花は鈴音の肩をポンポンと叩き、急いで戻って行った。
梨々花の言うように、開き直って楽しむ余裕でもあればよかったのに……と思い耽る。

「山崎さん」
「はっ、はい!」

すると今度は背後から呼ばれ、肩を上げた。振り返ると先輩社員がいて、鈴音の反応にきょとんとする。

「休憩どうぞ?」
「あ、ありがとうございます」

しどろもどろとして会釈をすると、鈴音はカバンを拾い上げてバックヤードへ向かった。

完全に社員通用口へ入った直後、バッグの中の封筒を抜き取った。
中身を出して書面を眺めながら歩き進める。

入籍後に必要な手続きの内容を目で追う。

(戸籍謄本か。次の休みの日に取りに行かなきゃ)

結婚すると手続きが色々大変なのだと感じているところに、携帯が振動した。

メールを確認すると、忍の名前が表示されていて思わず足を止めてしまった。
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