契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
柳多が不意に見せつけてきた紙切れに目を奪われたせいだ。

焦点を合わせ、宙に浮いたままの紙を凝視する。
柳多の手から奪い取り、勢いよく立ち上がって見覚えのある文字を瞳に映し出す。

「なぜこれが!」
「星羅さんが言ったことは嘘じゃない。鈴音様が妻じゃないと言ったのは、このことを知っていたからです」

飄々と事実を述べる柳多を、忍はものすごい形相で睨みつける。
婚姻届を持つ手が震えるほど怒りに満ちて、場所もなにも考えなく声を荒らげた。

「――柳多っ!」

婚姻届を手放し、勢い余って乱暴に胸ぐらを掴む。

柳多は忍の血管が浮き出る手を見ても、慌てることもしない。
すでに覚悟を決めていて、堂々と忍の顔を見た。

「嘘をついていた。ごめん。完全に心を見失ってた。気の済むようにしてくれ」

殴られてもいいと言わんばかりに、軽く目を閉じ、両手をそっと上げる。
忍はしばらく柳多の襟を掴んでいたが、奥歯をギリッと鳴らして堪え、手を解放した。

柳多に手をかけたところでなんの解決にもならない。
それよりも、鈴音とは赤の他人のままだったということに、こんなにも動揺している自分がいることに驚いていた。

鈴音のことは特別だということは認めていたはずだった。
けれども、想像を遥かに超える喪失感に困惑し、同時に焦りを滲ませる。

すると、柳多は襟元の皺を伸ばしながら、婚姻届を拾い上げた。

「オレが今できる償いは、婚姻届(これ)を渡して送り出すことかな? 今日の仕事はどうにかしておくから」

忍は窺うように柳多をジッと見て、信じられることを確信すると、差し出されていた婚姻届を受け取った。

瞬く間に部屋を飛び出していき、柳多は広い室内にぽつんと立つ。
すると、すぐに忍のデスクから電話の音が鳴り響く。

柳多は軽く頭を掻き、電話を横目で見て呟いた。

「大口叩いちゃったな……。まあでも、あんな必死な背中を見せられたらやるしかないか」

軽いため息をついた後、なり続ける電話の受話器に手を伸ばした。
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