契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
玄関を開け、真っ先にリビングへ向かう。

忍の脳裏にはソファの隅に遠慮がちに座りながら、『おかえりなさい』と言う鈴音の姿が浮かんでいた。
けれど、現実に鈴音の姿はない。

整然としたキッチンを眺め、おもむろにダイニングテーブルへ視線を移す。

死角になっていたテーブルの端に、見慣れたメモ用紙。
そして、その上には結婚指輪が置かれていた。

忍は華奢な指輪を摘まみ上げ、手のひらに乗せる。

メモには【ありがとうございました】というひとことだけ。

鈴音の結婚指輪をまじまじと見る。

購入したのは確かについ最近ではあるけれど、まるでショーケースから出した後かのように綺麗なままだった。
仕事中の鈴音を思い返し、この指輪も商品と同じように大切に扱っていてくれたのだと察する。

静かに指を折り曲げ、指輪を握り締める。
メモを拾い上げ、もうひとたび目を落とすと、下のほうに小さく書きかけの文字があるのを見つけた。

「p.s.……?」

リビングで呟いたあと、しばらくその文字を見つめる。

そして、指輪と共にメモも大事そうに内ポケットへ入れた。
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