契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
翌日の日曜日。あれよと言う間に荷物が運び出され、部屋は昨日までの生活感が嘘のように消えてなくなった。

ひとり暮らしということもあり、荷物が少なく、予定よりも早く作業が終わる。
さっきまで一緒にいた柳多も、「役目は終えましたので、失礼します」とあっさりいなくなってしまった。

鈴音は柳多を見送った足でリビングに向かう。

(こんな広い家……いったい、どう過ごしていいのか)

主のいない部屋。一度訪問はしたが、そのときですら立ち位置に悩んだというのに、そこで住むだなんて大変な話だ。

ひとまず、与えられた自室に戻る。ドアノブに手を添え、一度動きを止めた。

ゆっくり振り返ると、そこにも同じドアがある。向かいの部屋が寝室なのか書斎なのかは知らないが、これからこんな近くに忍がいると思うと落ち着かない。

忍の気配を振り払おうと、わざと少し乱暴にドアを開ける。その瞬間に、少し遠くから着信音が聞こえてきて肩を上げた。

「びっ……くりした」

思わず声を漏らし、音の鳴る方に目を向ける。まだ鳴り続ける携帯の音を頼りに、そろりと廊下を歩いていった。キッチンのカウンターに自分の携帯を見つける。

「あ、置きっ放しだったんだ……」

引っ越し作業中にその辺に置いて、そのままだったことに今気づく。
鈴音は携帯に手を伸ばしながら、誰からの電話か考える。

(もしかして、黒瀧さん?)

未だに帰宅していない忍を思い浮かべ、ディスプレイに視線を落とす。
見た瞬間、なぜかぞわりと悪寒が走り、嫌な予感がする。

ディスプレイには、忍の名前は表示されていなく、代わりに見覚えのない携帯番号。まったく心当たりがない鈴音は、応答することを躊躇する。

やけに長い着信に、鈴音の心拍数は増すばかり。ドクドクと脈打つのを感じながら、為す術なく震える携帯を落とさぬように両手に持っていた。

ようやく着信が収まったのは、留守番サービスに接続されたからだ。
鈴音は、恐る恐る携帯を耳に近付けた。
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