契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
背後から声がして飛び上がる。てっきり、忍はリビングに残っているものだと思っていたからだ。
目を見開いて忍を見上げ、どもりながら答える。
「そ、そうですけど」
鈴音は忍を見ていたが、忍は鈴音ではなく、部屋の中を驚いた様子で眺めていた。忍が唖然としてしまったのは、鈴音の私物があまりに少なかったため。
四段のチェストがひとつと丸い座卓。小さなテレビボードに十四インチのテレビが乗っている。それと、その隣に布団が三つ折りされていた。
冷蔵庫などの大型電化製品は、すでに忍の家にあるからと柳多が処分してしまった。
十畳以上ある広い部屋に、荷物はたったそれだけだ。
「柳多から少し聞いてはいたが、想像以上だな。ごちゃごちゃしているのは好まないが、ここまで殺風景だと眠れるものも眠れないだろ」
「いえ、それはたぶん、部屋が広すぎてそう見えるだけのような……」
「今日はこっちに来い。近日中、この部屋にベッドくらいは入れてやる」
忍は淡々と言い、踵を返す。
「え! だっ、大丈夫です」
ベッドを購入してくれるという話にも狼狽えたが、それよりも動揺したのは先に言われた言葉だ。
(『来い』って! まさか、ひと晩、黒瀧さんの部屋に!?)
引っ越し早々、忍と同じ空間で休むだなんて考えられない。
鈴音は首をぶんぶんと横に振った。しかし、足を止めた忍は鈴音の気持ちを受け入れない。目を細め、泰然たる態度で答える。
「きみは自分じゃ気づいてないんだろうけど、顔色がまだ悪いんだよ。それに、今後夫婦になるために、多少距離を縮めておく必要もあるからな」
忍が涼しい顔でさらりと口にした最後のひとことに、鈴音は強張る。
「……警戒しすぎ。言葉のあやだ。きみをどうこうしようだなんて考えていない。恋人でもなく、しかも弱っている女を襲うような分別のない男だと思われるのは心外だ」
「あ……」
鈴音はあからさまに心の内を表情に出してしまった。忍は眉を上げ、ひとつ息を吐いて軽く首を横に振る。
「契約は、〝結婚すること〟で、多少周りにそれらしく見えるよう振る舞ってもらえればいい。それ以上のことは求めていない」
不思議なのは、出会って間もないのに、彼の言うことが信じられるということ。
今まで出会ってきた男たちが同じことを言ったとしても、こうも簡単に信用することはできなかっただろうと鈴音は思う。
それは単に忍の肩書きがいいからではなく、なんとなく感じる彼自身の人柄がそう思わせているのだと感じた。
緊張はもちろんあるが、忍の誘いの言葉は本当に他意はないはず、という気持ちから、自然とつま先が忍へと向く。そのあとは、引き寄せられるように忍の背中を追っていた。
目を見開いて忍を見上げ、どもりながら答える。
「そ、そうですけど」
鈴音は忍を見ていたが、忍は鈴音ではなく、部屋の中を驚いた様子で眺めていた。忍が唖然としてしまったのは、鈴音の私物があまりに少なかったため。
四段のチェストがひとつと丸い座卓。小さなテレビボードに十四インチのテレビが乗っている。それと、その隣に布団が三つ折りされていた。
冷蔵庫などの大型電化製品は、すでに忍の家にあるからと柳多が処分してしまった。
十畳以上ある広い部屋に、荷物はたったそれだけだ。
「柳多から少し聞いてはいたが、想像以上だな。ごちゃごちゃしているのは好まないが、ここまで殺風景だと眠れるものも眠れないだろ」
「いえ、それはたぶん、部屋が広すぎてそう見えるだけのような……」
「今日はこっちに来い。近日中、この部屋にベッドくらいは入れてやる」
忍は淡々と言い、踵を返す。
「え! だっ、大丈夫です」
ベッドを購入してくれるという話にも狼狽えたが、それよりも動揺したのは先に言われた言葉だ。
(『来い』って! まさか、ひと晩、黒瀧さんの部屋に!?)
引っ越し早々、忍と同じ空間で休むだなんて考えられない。
鈴音は首をぶんぶんと横に振った。しかし、足を止めた忍は鈴音の気持ちを受け入れない。目を細め、泰然たる態度で答える。
「きみは自分じゃ気づいてないんだろうけど、顔色がまだ悪いんだよ。それに、今後夫婦になるために、多少距離を縮めておく必要もあるからな」
忍が涼しい顔でさらりと口にした最後のひとことに、鈴音は強張る。
「……警戒しすぎ。言葉のあやだ。きみをどうこうしようだなんて考えていない。恋人でもなく、しかも弱っている女を襲うような分別のない男だと思われるのは心外だ」
「あ……」
鈴音はあからさまに心の内を表情に出してしまった。忍は眉を上げ、ひとつ息を吐いて軽く首を横に振る。
「契約は、〝結婚すること〟で、多少周りにそれらしく見えるよう振る舞ってもらえればいい。それ以上のことは求めていない」
不思議なのは、出会って間もないのに、彼の言うことが信じられるということ。
今まで出会ってきた男たちが同じことを言ったとしても、こうも簡単に信用することはできなかっただろうと鈴音は思う。
それは単に忍の肩書きがいいからではなく、なんとなく感じる彼自身の人柄がそう思わせているのだと感じた。
緊張はもちろんあるが、忍の誘いの言葉は本当に他意はないはず、という気持ちから、自然とつま先が忍へと向く。そのあとは、引き寄せられるように忍の背中を追っていた。