契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「起きるの早いな」
「お、おはようございます。あの……昨日は、ありがとうございました。コーヒーがちょうど入りましたけど、召し上がりますか?」

Tシャツにスウェットの寝起き姿でも、思わず目線に困ってしまうほどカッコイイ。鈴音はどぎまぎしながら、ごまかすように手元を見ながら訊ねた。

「じゃあ、頼む」
「ブラックでいいですか?」
「ああ」

忍はそう答えると、リビングの中へ歩き進め、ソファに腰を下ろす。テーブルの上に置いてあったタブレットを手に取り、長い足を組んでなにやら操作し始めた。

鈴音はローテーブルの上にコーヒーを差し出した。

「その、黒瀧さんは」
「もう、今後、『黒瀧さん』と呼ぶな」
「えっ」

言葉を遮られた鈴音は、忍が口にしたことに目を大きく見開いた。忍は一度も視線を上げず、タブレットを見ながら答える。

「慣れるためにも、普段から名前で呼べ」

指示された内容は納得のいくものではあるが、そうかといってすぐに呼び名を変えられるほど器用ではない。
鈴音はかなり間をとって、ようやく小さく声を出した。

「し……忍さんは、朝食をいつもとられていますか? もしよければ用意できますけれど……」

忍を見下ろし、おずおずと訊ねる。

(一応声はかけたけれど、きっと食べるものだって庶民の私とは違うし。彼みたいな人は朝食をとらないイメージがあるから、きっと不要だよね)

しかし、胸の内ではどうせ断られるのだろうと思っていた。

住んでいる家も社会的立場も、なにもかもがかけ離れている。おそらく生活行動も違うのだろうと考えるのは自然なこと。
見せかけの結婚だ。同じ家に住むとはいえ、家庭内別居のような生活になるものだと想像する。
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