Fragrance
同僚に連れて行かれた先のクラブでは、新しいということもあって客入りは上場だった。
「すごくない?これ無料なんよ?」
Vサインをしながら先導する同僚のあとを付いていきながら、大音量で鳴っている音楽と共にリズムにのる。
知っている曲ばかり。
自分のスマートフォンに入っているクラブミュージックと同じ曲たちのリズムを感じながら、同僚の彼氏らしい人に挨拶をした。
これで無料だ。
イチャイチャし始める2人から離れて、お酒を頼む。
隣に座っている男が「ご馳走しようか?」と言うので笑顔で飲みたい酒の名前を言った。
瑞帆と同年代くらいの男だった。
頭のいい男だと20代前半でネットビジネスで、普通のサラリーマンよりも稼いでいたりするから分からないものだ。
「はい。マティーニ」
差し出されたお酒を一気に飲み干して、ダンスフロアにかけていく。
煙草の香り、誰かの香水の香り、汗の香り、酒の香り。
全てが混ざり合って溶けていく。
そして新しい香りになって、瑞帆の身体に纏わりついた。
「ねえ。酒ご馳走したんだから少しくらい付き合ってよ」
背後から抱きしめられて囁かれた。
顔も見ていないその男に身体を委ねて「付き合うって何?」と冷たく言い放った。
「彼女になるとか?」
ニッコリ笑うその男に向かって鼻で笑って「そういうの大嫌いなんだよね」と吐き捨てる。
「そうなんだ。じゃあ、手軽でいいかな」
香も手軽だったから瑞帆を抱いたのだろうか。
分からない。
ただ、煙草の香りを消したくて、酒をご馳走してきた男でも何でもいいからキスがしたかった。
「セックスしよ」
掻き消すように、上塗りする。
煙草の香りはもうしない。