Fragrance
次の日はテスト範囲が出るとの告知があったので、出席する。
ここを落とすとテストで散々な結果になる。
「ねえ、相川さん。知ってた?渡瀬先生が結婚するの?」
手に大量の小さなカードを手にしたクラスメイトが瑞帆の席にやってきた。
「先生にサプライズでプレゼントしたいからさ、このメッセージカード書いてくれない?」
嫌なんだけどと答える前に、彼女たちは次の相手へと移っていく。
静かに溜息をついてメッセージカードに文字を書きこもうとするが、何も浮かばない。
瑞帆はボールペンでただ「おめでとーございます」と文字を書いて、ポーチの中から香水の小さな瓶を取り出し吹きかける。
瑞帆は忘れることが出来るが、香はこの香りを嗅ぐたびに瑞帆のことを思い出すのだ。
思い出せばいい。
そして、どうしようもなく快楽を求めてさまよえばいいのだ。
いや、あの男はそんな風に瑞帆のことを思い出したりはしない。
付き合おうと言ったのは、なんの意味もないただのお遊び。
中毒者は瑞帆。
依存していたのは瑞帆。
香のゲーム盤の上で右往左往して、いたのは自分の方だったのだ。
その証拠に、何事もなかったような顔であのふくよかな白いワンピースに身を包んだ女と一緒に人生を過ごしていく。
公の場所で「僕の妻です」と胸を張りながら答えるのだ。
教授が来るというのにも関わらず、瑞帆はそのメッセージカードをクラスメイトに手渡して教室を出る。
大学の近くにあるコンビニで煙草を買った。
天気のいい大学の敷地の中にある喫煙所には、授業をサボっている人達で溢れかえっていた。
買ったばかりの新品の煙草に火をつけて、煙を吸い込む。
ただ吐き気のする煙を身体の中に取り込む作業を続けていると「ねえ、火ちょうだい?」と聞き覚えのある声がした。
顔を上げると、昨晩酒をご馳走してくれた男だった。
「昨日はどうも」
「……」
「また会いたかったんだ。火もらえる?」
「……どうぞ」
「同じ大学だったんだね」
ニッコリと笑って言う男に火だけを貸して、無視を決め込む。
「俺の名前は中村 優(なかむら ゆう)文学部4年」
「……そうなんだ。興味ない」
「……そう」
「……」
「煙草好きなの?」
静かに問われて、静かに答えた。
「大嫌い」
To be next story...【Candy】