Fragrance
「ねえ、まだ返事こない」
表参道にあるバー「Bonbons(ボンボンズ)」のカウンターに突っ伏しながら、岩田圭(いわた けい)は泣き言を独りでに呟く。
カウンターの中には、この店のバーテンで大学の頃の同窓生でもある村田純也(むらた じゅんや)が呆れたような表情で彼女に酒を差し出した。
カウンター越しに伝わってくるのは、PRADAの香水、CANDYの甘い香り。
市販の香水だけれども、この香りを嗅ぐと彼を思い出す。
「いつものことだろ。釣った魚にはエサをやらないタイプって前から言ってたじゃん」
「でも、向こうは今度はちゃんと連絡こまめにするって言ってたもん」
「あのなあ。そういう約束守れるような男だったら、あんたは前回あの男と別れていないし、泣いてもないはずだろ」
彼の最もな台詞に納得する自分もいたりして、圭は更に落ち込む。
差し出されたお酒を飲んでも全く酔えない。
不安な気持ちが増大して、彼は今何をやっているんだろう、もしかして浮気してるんじゃ……なんて余計な心配が増えていく。
「遠距離なのに不安だよ」
先月から遠距離恋愛をはじめたばかりだ。
元々連絡不精だった相手とヨリを戻し、遠距離というハンデ。
不安でしかない。
「大体その男のどこがいいんだよ。大して大事にしてくてない男にしがみ付く理由が分からん」
水曜日の夜ともあって、バーの中は客入りが少ない。
純也の声も少しだけ大きくなっていた。
「えー、だって、優しいし」
「優しい男なんてごまんといるだろ」
「カッコイイし」
「あんたの彼氏のレベルの顔なんてやっぱりごまんといるだろ」
「大手の会社に勤めててー、お金持ち」
「あんた彼氏の年収知ってんの?」
洗ったグラスを布巾で拭きながら、純也は圭に尋ねる。
「え、知らない」
「知らないのにお金持ってるとか何で知ってるんだよ」
「え、会社名ググれば年収のおおよそぐらい出てくるじゃん」
「こわい!俺はあんたの彼氏にはじめて同情した」
「なんでよ」
「条件でしか見てないじゃん」