Fragrance
「そんなことないし!」
酒を一気に飲み干して、圭は純也のことを睨み付ける。
正論だ。
いくら彼のことを条件で見ていないと言っても、結局は彼と結婚したら仕事を辞めることが出来るかなとか、彼が浮気したら私の人生どうなってしまうのだろうだなんて考えてしまっている自分がいる。
26歳になって、SNSの中では同級生だった子達がどんどん結婚して、早い子だと子供まで出来ている。
だから今回、彼氏から転勤が決まったと言われた時に、半分ついていくつもりだったのだ。
仕事を辞める準備までしていたのに「必ず戻ってくるから待ってて」の一言だけで、あっさり県外へ消えて行ってしまった。
そこからほとんど音沙汰はない。
時々LINEのサムネが変わるのを更新通知で知るくらい。
本当に自分が彼女なのだろうかと疑うレベルだ。
むしろ都合よく捨てられたのではないかと思うことすらある。
こんな状況で相手を信じる方が難しい。
だから遠距離って上手くいかないのだと改めて思い知らされる。
そもそも自分は、彼のことを本当に好きなのだろうか。
純也の言う通り、条件がいいから執着して依存しているだけなのだろうか。
「そいつ一本に絞るから心がしんどいんだろ」
「……」
「俺で息抜きしてみれば?」
「は?何言ってんの?!」
正気とも思えない提案に、思わず飲んでいた水を吹き出しそうになる。
「だって、圭が望んでいる男ってさ。優しくてカッコよくて、金があって、マメな男で肝心な時にあんたをフォローできる男だろ?」
「……た、確かに」
言われてみれば条件をそろえてみるとそういう感じだ。
「俺じゃん」
「なんで、純也になるの?」
「だって俺雑誌に時々載るぜ?イケメンバーテンって」
純也の載った雑誌を差し出され、そこには「魅惑のイケメンバーテンダー」と紹介されている。
「……す、すご」
ただのOLである圭からすれば、純也も十分すごい存在だったことに気が付いた。
「俺にしちゃいなよ。今夜だけでいいからさ」
彼の誘いを断れるだけの勢いは持ち合わせていなかった。
誰でもいいからこの寂しさを紛らわせて欲しい。
圭は静かに首を縦に振っていたのは、酔っていただけではなかった。