Fragrance
「2人でお会計2万円ってすごいですよ」
伝票を眺めながら、健二が苦笑いを浮かべた。
値段の張るコース料理が出るような店に行けば、あっという間にこの値段になること健二は知らないのだろうか。
「あんた千円でいいわよ」
少しだけ苛々して、財布の中からクレジットカードを出しながら、会計を済まそうとしていると「それはダメです」と1万円を財布の中に無理矢理入れられた。
「なんでよ」
「俺、ご馳走になるの嫌いなんで」
手にした1万円を返そうにも先に店を出て行ってしまった健二に返せるはずもなく、その札を財布の中に入れる。
時々分からなくなる。
会社から出るまでは無理矢理誘ったからと言ってありさにご馳走しろと言っていたくせに、土壇場になった瞬間こうだ。
会計を済ませて店を出ると、突然シトラスの甘い香りがした。
香りの先に立っていた男を見つめると「先輩終電間に合います?」とスマートフォンでありさの帰り道を調べている。
「ねえ」
「なんですか?」
「その香水何つけてんの?」
胸のあたりに顔を寄せて、ありさはその甘い香りを身体の中に取り込むように嗅いだ。
「ヴェルサーチのBlue Jeansって香水です。でもしまったな……強すぎたのかな」
香水つけてるってバレないように少ししかつけてなかったんだけど。
営業職だから香りが強すぎると警戒される。
そう研修で受けてきた。
「ううん。好きな香りだったから、敏感に反応しただけ」
顔を胸のあたりに近づけたまま、言うと身体を引き寄せられた。
「そういう可愛いこと言ってるとキスしますよ」
力強く引き寄せられて抵抗する間もなく、腕の中で身体を縮こませるしかない。
「うん」と答える前に唇は重なっていた。
甘い香りがありさの身体にも移っていく。