結構な腕前で!
「やっぱりせとか先輩がいいわ」

 小さく呟いて、萌実は柄杓を手に取った。
 その途端。

「じゃあせとみ。交代しましょう」

 いきなりせとかが立ち上がって、ずいっとこちらに歩を寄せた。
 目を丸くしているせとみを押しのけて、萌実のすぐ横に座る。

「な、何だよ、いきなり」

「南野さんは、僕のほうがいいらしいですから」

 さらっと言ったことに、萌実はぎょ、と目を剥いた。
 さっきの呟きが聞こえたのだろうか。
 だがすぐ傍にいたせとみに聞こえないのに、離れていたせとかに聞こえるはずはないのだが。

「ま、せとみは師範代でもないですし、人に教えられるほど習得してませんしね」

 そう言って、とっととせとみを追いやる。
 そして、にこりと萌実に笑顔を向けた。
 おぅ、と萌実は眩暈を覚える。

 いつもにこにこ愛想のいいせとみに笑顔を向けられても何とも思わないが、せとかに笑みを向けられるとくらくらする。
 やはり同じ造りでも、気持ちが違うと感じ方も全然違うわけだ。

---世間じゃせとみ先輩のほうが人気あるけど、やっぱり私はせとか先輩のほうがいい!---

 もわ、と膝先に現れた煙を素手で叩きのめしながら、萌実は気持ちを新たにするのだったが。
 その日の部活が終わる頃、珍しく最後までいたせとみが、ひょい、と萌実の傍に来た。

「萌実ちゃん。一緒に帰ろう」

「え?」

 意外な申し出に、萌実は思わず、ちらりとせとかを見た。
 今日はせとかもはるみもいる。
 はるかは土門を手伝って、最後の掃除をしているので、多分この二人は一緒に帰るのだろう。
 皆で、かな、と思っていると、せとみは部室内のせとかを振り返った。

「じゃあな。せとか、明日のお菓子は桜庵の桜餅な。はるみが場所知ってるから」

 しれっと指示を出す。
 ということは、せとみと二人で帰るということらしい。

「着替えが終わったら、そこで待ってて」

 軽いウィンクを残して、せとみが廊下を歩いていく。
 ぼーっとその背を見送り、萌実はまた、ちらりとせとかを見た。
 せとかもはるみも、同じようにせとみの背を見送っていたが、せとかは特に何も言わなかった。

---まぁいいや。せとみ先輩は、はるか先輩を好きなんだもんね---

 せとみがはるかを好いていることは、せとかも知っている。
 なので二人で帰っても、誤解されることはないだろう。
 はたしてせとかがそんなことまで考えてくれるかはともかく。

 結局萌実は深く考えることなく、着替えを済ませてせとみと部室を後にした。
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