結構な腕前で!
第三十六章
 その日、萌実が部室に行くと、せとかが一人で座っていた。

「あれ。先輩方はまだですか?」

 着替えの小部屋にもいなかった。
 萌実が来てから他の皆が来ることもないことはないので、それ自体は珍しくもないのだが。

「……えーと」

 萌実は茶室に入ったところで固まっている。
 いつも萌実たちが座るところにせとかがいるのだ。
 せとかはいつも、茶を点てる釜の前にいるのが常なのだが。

「どうぞ、そちらへ」

 せとかが、ひらりと釜の前を示す。

「今日は私が点てる番ですか」

「茶を点てると心が落ち着くので」

 茶人はそうかもしれないが、萌実の場合はそうでもない。
 ようやく一通りの作法は身に付けたが、やはり師範の前で素人がお点前を披露するのは緊張する。
 萌実の場合はそれプラスせとかに見られるという個人的感情もあって、落ち着くどころではないのだが。

 ともあれ部長命令であれば仕方ない。
 萌実は茶釜の前に座り、柄杓を手に取った。

「考えることなく自然に手が動くようになれば、茶を点てている間は、すーっと心が落ち着いて、僅かな空気の変化なども感じられるぐらい無になるんですけど」

 いきなりそんな師範クラスのことを言われても無理である。
 こうしてこうして、次はこれをこう、と考えながらしかお茶一つ点てられない。
 途中で喋ろうものなら、手順は頭から吹っ飛んでしまう。

---まぁお茶を点ててる間は、確かに唯一何も考えないでいいときだけど---

 ようやくお茶を点てる段階まで進み、しゃくしゃくと茶筅を回しながら、萌実は考えた。
 しゃくしゃくという茶筅の立てる音は、確かに心を落ち着かせる。
 お茶のいい香りが漂い、ほわんと和むひと時だ。

 と、ぴく、と萌実の手が止まった。

「……あれ?」

 顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回す。
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