結構な腕前で!
 その日の深夜、珍しく北条家の茶室に灯りはなく、母屋のほうの一室に灯りがともっていた。
 う~む、う~む、という唸り声も聞こえる。

「おいこらせとか。何唸ってんだよ」

 すらっと障子が開き、せとみが入ってくる。

「珍しく自分の部屋にいると思ったら、不気味な唸り声上げやがって」

「明日に備えて、大きな悩みがあるわけですよ。これはさすがに茶室では悩めません」

 開け放った押し入れの前に仁王立ちしたせとかが、振り返ることなく答える。
 押し入れの中の収納箪笥が軒並み開けられている。

「明日は動きやすい軽装か、いつもの和装でいいのか。どう思います?」

 どうやら明日の服装に悩んでいたらしい。
 明日は学校は休みなので、制服でなくてもいいのだ。
 普通の者ならそう悩むことでもないのだろうが、せとかの言う『いつもの』格好というのは和装のようだ。

「別に俺らは和服でも動きに影響ないだろ。部活と捉えれば和装でもいいんじゃね? 俺は普通にジーンズで行くけど」

「そうなんですけど、明日は南野さんを迎えに行くので。祭りでもないのに和装で行ったら引かれませんかね」

 ぶは、とせとみが噴いた。
 そして首を伸ばして押し入れの中を覗き込む。

「つってもお前、洋服持ってんの?」

「だから悩んでるんですよ」

 いくら茶道の師範とはいえ、現役高校生が和服しか持っていないとは何事か。

「ったく、だったら先週にでも買いに行きゃ良かったのによ」

「南野さんを迎えに行くとか、今日決まったので」

「何でだよ。萌実ちゃんを使って穴を塞ぐってのは、穴を見つけた時点でわかることだろ。呑気に飯食ってねぇで、先に買い物に行きゃ良かったのに」

「……勢いがつかないと、そういうこと言えないんで」

 ぼそ、と押し入れのほうを向いたまま、せとかが言う。
 ちろ、とせとみが、せとかを見た。

「……お前は何だかんだで奥手だな」

「せとみだって、本気になった人には奥手じゃないですか」

「誰のことだよ」

「はるかじゃないのは確かです」

 机の上のびーちゃんに目をやりながら、せとかが言う。

「お前は茶室のあれを、部屋に持ってきてるのか」

 話を逸らすためか、せとみがびーちゃんを指差して言った。
 このびーちゃんは茶室に活けられていたはずだ。

「離れに一人は可哀相なので」

「……ほんっと、お前のそういう変なところは、真行寺と合うよな」

「羨ましいですか?」

 うっかり折角話題を変えたつもりなのに、自ら戻してしまった。
 せとみはくるりと背を向けると、障子に手をかけて、吐き捨てるように言った。

「全然」
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