結構な腕前で!
 言われてみればその通り。
 辺り一面魔が漂っている状態では気配もくそもない。

「じゃあ目視ですか」

 ぎ、と海を睨んだ萌実の視線が、ある一点に吸い寄せられた。

「先輩! あそこ! 何かひと際気になります。あそこじゃないですかね?」

 ぱっと腕を伸ばした萌実が前のめりになる。
 せとかが、今度は背後から萌実を抱きしめた。

「危ないです。ここはあまりスペースもないんですよ」

 ぎゃーーーーっっ!! っと萌実は心の中で叫び声を上げた。
 背後からのほうがあらゆる密着度が高い。

 その上唇が触れるほどの距離の耳元で話されると、さっきよりも衝撃は大きい。
 萌実が心で絶叫した瞬間、ざぁっと目の前の霧が晴れた。

「え……?」

 せとかが驚いて目を見開く。
 霧が晴れた中央に、大きな穴が姿を現した。

「南野さん……。何かしました?」

 相変わらず背後から萌実を抱いたまま、せとかが言う。
 体勢は変わっていないので、せとかが喋れば同じように萌実の耳を震わす距離で低めの声が聞こえるわけだ。
 心臓が、破れそうなほどばくばく鳴っている。

「あわわわわ……わわ私は何も……」

 動悸が激しすぎてくらくらする。
 別の意味で意識が持って行かれそうな萌実を、せとかはなおも強く抱きしめる。

「大丈夫ですよ。絶対離しませんから。落ち着いて」

 せとかはあの穴を見て、恐ろしさに萌実ががくがく震えているのだと思ったようだ。
 穴に関しては今ほどはっきりではないにしても一度見ているし、その時も今ほど震えてはいなかったのだが。
 萌実の恐怖を和らげようという気遣いだろうが、せとかが喋れば喋るほど、萌実の動悸は治まらない。

「いや、あの。せ、先輩。ちょ、無理無理。集中とか無理」

 意識が持って行かれるどころか、脳みそが溶けそう、と軽くパニック状態で言うと、せとかが、ぐ、と萌実の両手を掴んだ。
 そのまま穴に翳す。
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