少女、紅茶香る
そんなことか、私は思った。もともと喜沙が異性と付き合うことすら気に食わなかったのだから、私にとっては好都合だ。本当はもっと辛いことがあったのかと勘違いしたが、思ったより大したことなさそうで安心した。
「ねぇ、どうしてだかわかる?」
「私が邪魔をして、仲を悪くしたから?」
喜沙の質問に、私は即答で答える。実際のところ、以前橘から仲が良くないという相談を受けたところだし、間違いではないだろう。しかし私の予想に反して喜沙は、そんなことじゃない、と言った。
「みっちゃん、今からちょうど一週間前に橘君と寝たでしょ」
それを聞いて、私はピンときた。だから喜沙は怒っているのか。しかし、だからなんだと言うのか。橘と寝たのは事実だが、いきなり迫ってきたのは向こうの方だ。私はそれにただ応えてやっただけで、別に意図しての行動ではない。それにしても橘の奴、わざわざ喜沙にその事実を告げて別れたのか。なかなか根性がある。
「黙ってないで答えてよ!」
喜沙が私の肩を揺らす。信じたくないという思いからか喜沙の瞳から、違うと言って、という思いがひしひしと伝わってきた。喜沙の頬から伝い落ちた滴が、私の衣服に溶けて染み込む。その光景を見て、こんなときでも美しいと思ってしまう私は罪だろうか。
「みっちゃんってば!」
そういえばそうだった。私は喜沙に答えを返さねばならないのだった。仕方なく、私は目の前で泣き叫ぶ彼女にあえて理想的ではない答えを言う。
「そうだよ」
喜沙の動きがピタリと止まった。悲しみ?怒り?呆れ?どの感情からかは分からないが、喜沙は今確実に現実を受け止めきれていないだろう。
「橘君と、セックスしたよ。だから、どうしたの?」
固まっている喜沙に、もう一度詳しく事実を告げる。しかし、一度橘から告げられたこの事実を、私という人間から再確認したところで、何が生まれるのか。
負の感情しか生まないのなら、いっそ聞かなければいいのに。だけどね、悲しいのなら、苦しいのなら、私があなたを満たしてあげる。そのために私はここに、あなたの傍にいるのだから。それが出来ないというのなら、私があなたを傷つけてまで繋ぎ止めてきた意味がなくなってしまう。
「喜沙、あんな奴どうでもいいじゃない。喜沙は私の傍にいるのが一番なんだよ。そう約束したでしょ。だから、もう橘君のことは忘れて、またいつもみたいに…」
喜沙の頬にそっと触れる。涙と鼻水で濡れていたって構いやしない。私は、その潤った唇にそっと口づけた。いつもはベルガモットの良い香りがするそれも、今日はとてもしょっぱい。しかしその瞬間、喜沙が私の体を押しのけた。勢いよく、今座っている縦長のベンチに私の上半身が倒れこむ。
「いたっ」
背中と頭に激痛が走る。私が手をついて立ち上がろうとすると、喜沙が私の腕を掴み、腹の上に馬乗りになって動きを封じた。
「馬鹿ね。もう二度と私はあなたの言いなりにはならない。この関係も、今日で終わり」
喜沙が強く私を睨みつける。怒っている顔も綺麗だな。不意にそんなことを思った。
「別れる時、電話越しに橘君がなんて言ったと思う?“ヤらせてくれない喜沙ちゃんより、ヤらせてくれる藤浪さんの方が魅力的なんだよね”って。なによ、私だって嫌だったわけじゃない。それもこれも、全部みっちゃんが邪魔ばかりしたせいなんだから。私だって、私だって、橘君とセックスしたかったのに…!」
喜沙の口から、あられもない言葉が飛び交った。驚きで私は固まってしまう。喜沙は、唯一私の認める綺麗で純粋で美しい少女であったはずだ。しかしその少女が今、自らの口で、あの橘という性に溺れた汚い人間と性器を交えたいと言った。これは、なんだ?
喜沙が私の制服を乱暴に剥ぎ取る。上も下も全部、大事な部分を包んでいる中の下着までずらしあげて、私の全てを露わにさせる。
「ねぇ、私の橘君を返してよ。なんで、私じゃなくてみっちゃんなの。橘君、橘君」
そう言い放つと、喜沙は慣れない手つきで私の乳房を掴み、突起した部分を貪り始めた。
「橘君の舐めたところは?触ったところはどこ?私が全部舐めとるから、教えてよ。早く!」
橘君を返して!
これは誰だ。この一人の男の愛に飢えた汚らわしい雌豚は。私の愛した喜沙という美しい少女はどこへいったのだ。こんなはずじゃなかった。この少女は私が、ずっと綺麗なまま土に埋まるまで愛でていくはずだったのに。それがいつの間にか、こんなにも哀れな姿に生まれ変わってしまった。