少女、紅茶香る





 私は珍しいものが好きだ。特に、自分には絶対手に入れることのできないものを見せられた時などは、どうしようもないほどの恍惚のため息が出る。

 しかしそれを聞くと他人は、「手に入れられないものの何がいいの」と私に問うが、簡単に手に入れられてしまうものは既に“珍しいもの”の枠には入らない。
 

 フォアグラ、トリュフ、キャビアの世界三大珍味などが良い例だ。これらのものはごくごく一般家庭に住む人間が手に入れることは少々困難かもしれない。しかしそれが金持ちの人間となると、そんな食材は一度は口にしていて当たり前のものだ。金持ちは少数派ではあるが、そこら辺にゴロゴロ転がっている。そんなゴロゴロ転がっているほどの人間が口にしたことがあるとするならば、例え一般的には“珍しいもの”であっても私の言う“絶対手に入れることのできないもの”には値しない。
 

 では何が対象となるのか。それは完璧なまでに綺麗で純粋なものだ。ここでまた他人は、思考を停止させてしまう。意味がわからないとため息をつく。
 
 完璧で純粋なもの─────それでいて自分では手に入れることのできないもの、もっといえば、ほとんどの人間が入手困難なもの。それは、人間という生物がもつ心身の状態のことを指している。喜怒哀楽、どの感情にも歪みがなくて、まっすぐで、体の中は誰にも犯されていない綺麗なものを持つ、そんな人が私は好きだ。



 そして、その条件に値する唯一の愛しい人は、今私の隣で静かに俯いている。


「どうしたの、喜沙」
 

 喜沙の温室でアールグレイを飲みながら、私は彼女に問うた。

 先ほどから喜沙の様子がおかしい。じっと俯いて、なかなかこちらを見ようとしない。


「喜沙?」


 喜沙は私の質問に答えない。


「どうしたのって」
 
 
 そういって私は喜沙の肩に触れる。けれどその手は一瞬で払いのけられてしまった。


「触らないで!」

 え?


 瞬間、何が起こったのか分からなかった。喜沙が、私を拒むなんて。
 そこでやっと顔を上げた喜沙のそれは、涙でグショグショになっていて、更に怒りという表情で満ち溢れていた。


「喜沙…」


「気安く私の名前を呼ばないで!」


「………」


 今すぐ慰めてやりたいのに、静止の声をかけられてはどうしようもない。私はその涙をハンカチで拭うことすら出来ずに、どうしたらいいのか分からずただ喜沙を見ていた。
 
 その時、喜沙がそっと口を開いて言った。


「私ね、橘君と別れることにしたの」


< 9 / 13 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop