攻略なんてしませんから!
物語をはじめましょう。


「ここは…どこ?」

 見知った天井ではなく、家には絶対に無い天蓋付きのふわふわなベッドの上。何度か瞬きを繰り返して、自分の小さな幼子の様な手を見つめた瞬間、今の自分や住んでいる世界の情報が頭の中に流れ込んでくる。

「え、えええ!?ちょ、ちょっと待ってよ!」

 名前や世界観が頭を過ぎるのと同時に、自分が前世の記憶持ちで有る事も、そして其れが、自分の好きだったゲームの世界観とそっくりだという事に吃驚を隠せない。そもそも、RPGが好きで有名なのはやってたし、乙女ゲームだってそこそこやっていた。私が今居るのは、キャラ・シナリオ・ビジュアルだって気に入ってやっていたもの。

(でも、それだから思っていた事だってある)

 乙女ゲームのヒロインが必ずしも攻略相手を攻略しないといけないなんて、誰が決めたんですか。私にだって好みと言うものがあるんです!

 いきなりの喧嘩腰ですが、どうやら私、アメーリア=アトランティ侯爵長女は小説等で流行の転生者というものらしいです。しかも、異世界で別の人格として新しい生活ではなく、前世でプレイした事のある某乙女ゲームの中への転生だったのです。

「そりゃ、当時は楽しんでやっていたけども…」

 痛む頭を抱えつつも、手の感触は慣れ親しんだ癖のある黒髪ではない。細くサラサラとした気持ちのいい感触。
 前世の私は、夢に満ち溢れていた中・高生くらいの可愛い女の子では無く、人生の酸いも甘いも経験して旦那も子供だっていた主婦だったのだ。今更キラキラふわふわとした胸きゅんな世界に連れてこられても、素直に喜ぶとか難しい。

「まだ悪役とかモブのが楽しめた気がする…」

 薄暗い自分の部屋でそう呟いてはみたものの、それでこの状況が変化なんてしてくれるわけが無く。小さくなった掌をじっと見つめて小さく溜息を零した。
 今の自分の年齢は流れ込んで来た自分の情報からすると、大体五歳くらい。黒目黒髪だった前世を思えば、金色のさらりとしたストレートの髪に薄紫の綺麗な二重の瞳の魅力的なもの。白い肌に紅い唇だって、客観的に見ればとても可愛いし、寧ろ自分の娘に欲しいわってくらい。

(こんな娘いたら、絶対溺愛する自信あるわー…)

 部屋に立てかけられた鏡を見ても、映し出す自分の姿は幼いがどう見てもヒロイン枠のあの子だ。このまま年齢を重ねれば、ゲームのスチルの様な美女へと成長するだろう。上級貴族としての気品や優雅さを兼ね揃えた、美貌のヒロイン。アメーリア=アトランティ。

(ん…?でも、待てよ)

 おぼろげな記憶をどうにか掘り起こして、ゲームの中身を思い出してみると、確かこのゲームは二人のヒロイン選択制だったはず。なら、自分と同じ年齢のヒロインがいるはず。
 確か記憶にある容姿は、桃色の揺るやかなウェーブした髪に、空色の瞳。白い肌と薄紅の唇。プレイヤーの間でも天使ちゃんと呼ばれていた程の美少女だ。
 ただし、其れは夢を見る事が許される年代の間での話。20代以上のプレイヤーからすれば、王道で解り易過ぎて楽しくない。のだそうだ。しかも、ライバルという事は攻略の邪魔にもなるという事。初心者設定にされたヒロインに比べて、玄人向けに設定されたアメーリアは、立ち位置からして不利だったのが燃えたんだよ。

(リードしてるヒロインの合間を掻い潜ったり、ミニゲームに勝利したりが楽しかったんだよねー)

 このゲームでは、逆ハーエンドが無かったのも特徴。あえて言えば、ヒロイン二人の友情エンドがそれかな?皆で仲良く暮らしましたとさ、って。甘いわ!!って思うでしょうが、何気に其れが一番難しかった。だって、もう一人のヒロインは立ち位置からして有利にできてるんだから。しかも、張り合ってくるのは向こうだ。
 アメーリアを選んだ場合、もう一人のヒロインが選択するのはメイン攻略者、ラズーラ=クラスター第一王子の攻略。これを阻止しないとヒロイン友情エンドは無いものと言ってもいい。アメーリアが他の攻略相手を選択すれば、そちらにも手を出してくる。

「侮る無かれ、天使は手強かったんだよねー…。こっちは必死で攻略進めてるのに、最初の好感度からして立ち位置が違うんだよ」

 それに、私は攻略はしていたものの、そのゲームを楽しんでいたのは別のお目当てがいたからだった。攻略相手に集中しつつも、合間を見つけてはその人物に無駄でも会話をしに行くという。その為ならネットを駆使して出現ポイントを記憶するまで覚えこんだ。

「好みだったんだ、あの外見に声に、性格までも!」

 思い出せるのは話しかけた時の驚いた顔や、照れた表情。何よりも最愛になった最大の特徴が獣耳と尻尾のモフモフ獣人キャラだった事。それに当時はまりに嵌っていた声優さんの声がぴったりと合わさって…。

「これは、捜すしかないでしょう!恋人なんて言わない、せめて友達になってモフモフライフを目指してやるー!!」

 小さな腕を天井へと突上げて、私は自分の現状を全く理解していない、攻略者そっちのけの決意をしたのだった。



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