攻略なんてしませんから!
「突然連れてきたからな、驚くのも無理は無い」
「……」
「どうした?」
「ギベオンも、そんな砕けた話し方出来ましたのね」
私の呆然とした顔とその物言いに、一瞬目を瞠ったギベオンは、次の瞬間楽しそうに笑い出した。その笑顔はまるで子供の様に無邪気で、見かけは大人なのに何でだろう、この撫で撫でしたい衝動は。
「ルチルレイの願いを叶える為にお前を引き込ませて貰ったのはすまない、直ぐにとは言わないが元には戻れるから安心するといい。私には光の守護獣の様な引き合わせる力は無いからな」
「ハウライトは、魅了の力など持ち合わせてはいませんわよ?回復や補助や浄化とかですし」
「ああ、魅了は闇の領分だ。私やお前の闇の守護聖獣の力だが、光の人を惹き付ける力はまた別だ」
「ハウライトは使えますの?ですけど、使った事ありませんわ」
「意識して使う力では無いからな、お前も頼んでまで惹き付けたいと考えないのだろう?」
確かに、私は誰を魅了してまで手に入れたいとか、欲しいとか思った事は無い。何よりも私の一番はモフモフと可愛い子を、好きなだけモフモフ撫で撫ですることです。ええ、此処大事。私の一番の幸福と言っても過言ではありません!
「……ぶふっ」
(ギベオン貴方、今吹き出しましたわね?)
私の考えていた事を覗いたのか、ギベオンが吹きだしただけでは飽き足らず、今度は声を上げて笑い出しました。大きな身体をくの字に曲げて、お腹を抱えてという笑いっぷり。
今までのクールビューティ様は何処いった!!
「知りませんでしたわ、ギベオンって笑い上戸でしたのね。ジャスパー様みたいでしてよ?オブシディアンも表情の変化は少ないですが笑いますので、可笑しくはありませんが…」
「何を言う、私も普段は此処まで笑う事など無い。お前が愉快なだけだ」
(何!?失礼な!)
「まぁ、私だって普通ですわ。それよりも、いい加減『お前』や『娘』ではなく、名前で呼んで頂けません事?アメーリア、アリアでも宜しいですわ」
「なら、アリアと呼ぼう」
私の言い分をあっさりと了承すると、ギベオンはジッと私を見つめてくる。銀色に輝く不思議な瞳を見つめ返していると、口元が弧を描いて笑みを浮かべる。私に向けられる視線も、殺気などは無い優しいものだった。
なんとなく、逸らしたら負けのような気がしてしまって、ジッと二人で見つめ合い続けるのかと思っていたら、ゆっくりと近付いてくるギベオンの顔と大きな手が顎を救い、柔らかな唇が重ねられ塞がれていた。
「…ん!?」
「目を閉じないのか?」
「な、…っ、んん」
面白がっている瞳のギベオンに反論しようとしたら、その隙を突いて舌先がするりと入り込んでくる。子猫達のザラリとした舌先とは違う、熱く絡め取られて吸い上げられていく。身体に力が入らなくて、自分の身体を支えることが出来ない。
「アリアは珍しい、こんなに高純度の魔力は味わったことが無い。全て食いつくしたいくらいに美味い」
「…っ、わ、私は、餌では有りませんわ…っ」
逞しい腕が私の身体を支え、銀色の瞳がとても優しい色を燈して私を見つめる。まるで心臓を鷲掴みにされているような息苦しさを感じてしまう。ギベオンしか見えなくて、このまま全てを捧げたくなってしまう。
(って、駄目!流されちゃ駄目ー!!)
「は、離して!」
「アリアは、聖獣姿の私を恐れない。今の私にも怯えないし、魅了も効かないとは優秀だ」
「はぁ!?今は兎も角、聖獣姿をどんなにモフりたくて堪えているか!実際その姿じゃなくて、狼の姿だったら、まず毛皮に飛び込んでるわ!人型論外!キスだって現実じゃないからノーカンですわ!」
おっといけない。令嬢にあるまじき言葉遣いでしたわ。目を丸くしているギベオンが新鮮ですわね。ルチルレイがギベオンをモフっているかと思うと、羨ましくて……っ!ハウライトとオブシディアンとアズラが私には居ますもの!猫科だってモフモフですもの!!
「本当に、お前は…」
「何ですの?笑いすぎでしてよ、あと、早く離してくださらない?」
肩を震わせるギベオンの瞳が、驚きや楽しいというより、哀しそうに見えたのは気の所為ではありませんでした。こんなにも感情豊かで、哀しい顔をするギベオンを、アメーリアは見たことがありませんでしたわ。
「ルチルレイは、狼の私には触れようとも、目を合わせようともしない。夢の中で、この姿で話しかければ喜んで話をするが、起きてしまえばその瞳には拒否しか映らない」
(な・ん・だ・と!?あの魅惑のモフモフを触らないだと!?)
お前が驚く所は其処なのかと、呆れているギベオンは放置だ。だって驚くなら其処しかないでしょう!?モフモフをがっつりモフらないとかありえないでしょう!?大きなモフモフを持った狼ですよ!枕とか抱き枕とか、やらないと損だよルチルレイ!
あ、うちの可愛い二匹は、枕だと潰れてしまいますのでね。猫マフラーとか添い寝や、起きているときのみの癒しモフモフをしっかりと堪能しております。ブラッシングもしっかりしている艶々な毛並みに肉球が気持ちいいんだぁ~。アズラも獣化したら捕獲してモフモフ堪能しています。
「今度ルチルレイを問い詰めたいですわ、勿体無い」
「やめておけ、素直に聞き入れる娘ではない」
「どうして、そんなに歪んでますの?男爵令嬢とはいえ、とても可愛い方なのに」
「確かに両親からは愛されているが、ルチルレイは当初の願いを忘れているのかも知れないな。最近は私に人型で側に付けと言っている」
もしかしたら、ギベオンの哀しい瞳はルチルレイに向けられているのかもしれない。
そんな事を考えていたら、取り囲む闇が段々と光を帯びて眩しくなってくる。夢の時間の終わりを告げるかのように、ギベオンの姿が遠ざかっていった。