攻略なんてしませんから!


 毎朝恒例の景色がある。寮からの通学路を歩いていると、馬車で学園に通っている上級貴族の方々が利用している馬車止めの辺りで、きゃあきゃあと賑やかな声が聞こえてくる。
 これも毎日の事だけど、前方を占領しているのは、多くの取り巻きを連れた上級貴族のご令嬢。その後ろには裕福層といわれる伯爵以下の貴族や豪商と呼ばれるお金持ちのお嬢様。見えるか見えないかの位置に居るのは、下級の没落寸前の貴族や一般生徒の女の子達。

(今日も大人気だわ…)

 ギベオンが側にいる私には、全く関係の無い景色だっただけに、この集団の中に入って行こうという気力さえ湧かない。まぁ、ギベオンが一緒なら、頑張ることなく怖がるご令嬢達が避けてくれると思う。
 取り巻きを連れている令嬢を見て、それなら時間を合わせればいいのにと思うくらい、他人事なのは認めます。混雑になら無いように時間を決められているとか聞いた気もするけど、下級貴族クラスだった私は、同じクラスに馬車通学が居なかったので解らない。

「今日もいいのか?」
「いいの、どうせ見えないから」

 ざわめきがより一層大きくなり、いつも早くに登校してくるラズーラ王子様の護衛騎士のジャスパー様がいらっしゃったのだとわかる。ラズーラ王子様の護衛をしているときは、とても怖い顔をしているけど、この朝の一時だけは、笑顔を向けて挨拶してくださる。らしい。

(姿も見えないから、解らないんだもの)

 ギベオンしか気にしない、見えないから気にもしない、自分でも思うけど、自分から人を寄せ付けない行動をしているんだなぁって、今更思ってしまった。
 モルガ家は先代に爵位を頂いた新興貴族だけど、一代限りではないし、群を抜いて裕福でも貧困でもない。本当に普通の家だと思う。

(だから、私がギベオンを連れているのを何度も驚かれるし、どこかの上級貴族から後妻にとか、愛人にとかの声がくるんだろうな…失礼しちゃう)

「モルガ男爵令嬢…」
「……」

(そもそも、昨日お会いしたマーカサイト様も、回復魔法で特化したホーランダイト家の方だもんね。王宮でも、リモナイト王子様の側使えとして上がってたって話だったし)

「モルガ男爵……、ルチルレイ嬢!」
「ひゃい!?」

 大きな手が突然私の肩を掴んで、思わず変な声が出てきてしまった。振り返って顔を上げると、焦った顔をした琥珀の瞳が、赤い髪から覗いていた。驚く私を宥める為に、優しく瞳が細められて、口元が笑みを浮かべる。

「アメーリア嬢をお待ちになるのでは?」
「へ?」
「私もこの後アイドクレーズとアメーリア嬢を待つので、ご一緒に如何ですか?と声を掛けさせて頂いたのですが」

 馬車止めに固まっていた令嬢方が見たら、きっと顔を赤くして頷いている様な華やかな笑顔を向けられたんだけど、私はギベオンの笑顔のほうが好きだから戸惑ってしまった。そんな反応が初めてなのか、ジャスパー様の顔がキョトンとしている。

「あの、私、アメーリア様とは何もお約束をしていませんけど……」
「先日アリア嬢が、ルチルレイ嬢の闇の聖獣様に抱きついてましたよね?」
「え?はい、それは本当です。ですけど、それだけで、約束はしてません」
「……もしかして、あの姫さんの悪い癖が出たのか?」

 側に居た私にしか聞こえてこないくらいの小さな声は、今までの丁寧な口調のジャスパー様と違って、乱暴な口調だけど似合っていた。申し出を断った事よりも、無邪気な子供の様に笑うジャスパー様の方が可愛いなと、失礼にもそんな事を思ってしまった。

「申し訳ない、俺の勘違いだったようだ。ですが、それなら尚更です。ご一緒に待ちませんか?闇の聖獣様と契約されているという事は、アリア嬢と同じ加護持ちなのですよね?」
「先日初めてご挨拶をしたばかりですわ、恐れ多くてお声をかけるなんて出来ません」

 ギベオンを、あの侯爵令嬢に近づけたくない。その思いが一番にきていて私は早くこの場を離れたいのに、どうしてジャスパー様は離してくれないんだろう。このまま誰かと交流を持ってしまったら、願いを叶えたと判断したギベオンが私から離れてしまう。それは、私にとっては恐怖でしかないのに。

「ジャスパー?幾らなんでも、朝からお嬢さんに声を掛けて引き止めるのは、如何なものかと思うよ?」

 天の助けと思い喜びを表に出していたけど、よくよくそのお声を聞けば、なんとジャスパー様の護衛対象でもあるラズーラ王子様でした。その背後にはリモナイト王子様もアイドクレーズ様も、そして、アイドクレーズ様の影に隠れるように、アメーリア侯爵令嬢も一緒にいる。

『アリア、もう魔力が回復したのか』

 今までピクリともしなかったギベオンの尻尾が、緩やかに左右に動き出す。私の動きを阻んでいたジャスパー様は顔色を青くしていたけど、今はラズーラ王子様にお出迎え出来なかった謝罪に急がしそうで、逃げるなら今なのに…、すごく嬉しそうな顔をしたアメーリア侯爵令嬢が私に向かって歩いてくる。

(ちょっと、何でこっちにくるのよ!?)

「ルチルレイ様おはようございます」
「お、お早う御座います。アメーリア様……」

 身分が上の侯爵令嬢に話しかけられてしまっては、このまま知りませんでしたと逃げる事も出来ない。もう、ギベオンの馬鹿!


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