攻略なんてしませんから!

二人の王子様



「アイク、アリア来ていたんだね」
「本日はお招き頂き誠にありがとうございます、ラズーラ王子殿下、リモナイト王子殿下」
「来ていると思ったよ、アリアも楽しんでいる?」
「はい、此方に。アリアご挨拶を」
「ラズーラ王子殿下、リモナイト王子殿下におかれましてはご機嫌麗しく、本日はこのような素晴らしいお茶会にご招待頂き、光栄に存じます」

 微笑みを浮かべ膝を折り、淑女の礼を取る。お母様の指導のお陰か、七歳でも淑女としての礼儀作法はかなりの上級者だと思う。本当、普段ほわわんとしているお母様だけど、厳しかったんだ…夢に見たよ私は。
 お母様を思って遠い目をしていると、ラズーラ王子の背後に隠れている、リモナイト王子がキョトンとした瞳でこっちをみていた。目が合ってにっこりと微笑みを向けると、恥ずかしそうにまたラズーラ王子の背後へと隠れてしまう。この小動物可愛すぎか。

「いつも丁寧な挨拶ありがとう、ほらリィもご挨拶は?」
「あ、あの…ようこそ…」
「ご招待有難う御座いますリモナイト殿下、此方のケーキとても美味しいですわ」
「ケーキ!僕もたべる!」
「良かったねリィ」

 ラズーラ殿下に促され、もじもじと下を向いて挨拶するリモナイト殿下可愛い。しかも、王宮が用意したケーキの中でも美味しかったのを進めると、瞳をキラッキラさせて顔を上げて食いついてきた。ケーキ偉大。そんなに嬉しいなら幾らでも用意したるよ、なんなら作ったる。何度も言うが、コレは王宮が用意したものだけどね。

(成長後を思うと、このままショタでいて欲しい可愛さだ…)

 王族・公爵・侯爵・伯爵・子爵と続いていく階級で、公爵家は王族の親族が主だし、その下の侯爵家もアトランティ侯爵家を含め四家しかない。日本で言うどこぞの財閥みたいなもんかなと私は思ってる。
 親戚や幼馴染とはいえ、王子様達と親しくなり過ぎると、婚約者候補とかに仮にでも近くなるから一定の距離は保つ。現在四家ある侯爵家の令嬢達の中でも、私は婚約者候補からは一番遠い存在だとお父様から聞いているので、ホッと胸を撫で下ろしてるくらい。

(しっかし、定期的に逢ってるのに、未だに人見知りが抜けないんだよね。王宮で甘やかし過ぎなんじゃないかなぁ…?)

 第二王子なので特に問題は無いかもしれないけど、にこやかな第一王子のラズーラ殿下に比べ、リモナイト殿下は人見知りが激しくて、人の多い場所ではいつもお兄様であるラズーラ殿下の背後に居る事が多い。少しすれば慣れてくれるし、ラズーラ殿下の背後を付いて歩くのは雛鳥みたいで可愛い。

(金髪とかまさにそのままじゃない?あにうえ、あにうえって舌足らずだから尚更可愛いんだよね)

 これが成長したらツンデレになるとか、誰が想像出来ようか。

 思わず真顔になってしまう。兄のラズーラ殿下はにこやかな爽やか皇子だったのに、ゲームでの性格・位置づけは『爽やかだけど腹黒ドS王子』だし、リモナイト殿下は甘えん坊な雛鳥なのに『ツンデレのツンだけ王子』この二人何があった。

 攻略対象にならないとデレが無いとか、哀し過ぎやしませんか?

(王宮で過ごすんだから、腹黒じゃないとやっていけないのは解るけどね)

 どんだけ汚い大人の世界で揉まれて行くのかと思うと、今の爽やか王子様のラズーラ殿下が可哀想というか、頑張れ?としか思えない。私にはこっそりとお菓子を差し入れてあげるしか出来ません。

「あの、アリア」
「はい?何ですか、リモナイト殿下」
「今日は、お菓子もってないの?」

(首傾げるな!あざと可愛いわ!!)

 控えめにドレスを引っ張られて振り向くと、ケーキを美味しそうに食べていたリモナイト殿下が首を傾げて尋ねてきた。キラキラうるうるした期待の眼差しの可愛さときたら、ヒロイン辞めたくなるよ?口の端にケーキのクリームをつけて、紫に金色がかった珍しい瞳でじっと見つめてくるんだよ。リモナイト恐ろしい子!(あざと可愛い意味で)

「も、持って来ていますわ。ですけど、本当に王妃様には内緒ですからね?」
「うんっ」
「此方のクッキーがそうです」

 幾ら王宮でも、甘さ過剰のお菓子はどうしても無理で、実はこっそりとお菓子を持ち込みしているんです。侯爵家の令嬢がお菓子作り!?と驚かれてしまうのが理由の一つですので、これは家でしかやっていません。見えないように、素早くお皿に出しました。前世でのおばちゃん属性の必殺技とも言えますね、これ。
 甘い砂糖菓子ばかりで可愛いラーヴァに、虫歯が出来たら可哀想なので、お菓子の甘さは控えめで野菜もペーストにして練りこんで栄養成分アップ、クッキーやマフィン、ケーキ等のおやつにしてバリエーションを出しいます。

(ねーたまおっちーね!ってニコニコ嬉しそうなラーヴァ見たら、もっと見たくなるでしょ!?ブラコンですよ!知ってる!!)

 これをお仕事で忙しいお父様に、休憩中のお茶請けとして持って行って貰ったら、国王陛下が召し上がったらしく『王様に食べさすなや!』と突っ込みたくなった。あの親馬鹿めっ!
 でも。何がどう伝わったのか、それが王妃様に伝わり、野菜嫌いなリモナイト殿下に是非にと請われ、うちの厨房から王宮へと贈られている。(製作者が私なのは王妃様とリモナイト殿下以外には秘密だ)おやつに出して以来、リモナイト殿下に大好評です。

(攻略対象を餌付けしてる場合じゃないんだけどなぁ…)

 柔らかな白い頬をぷっくりと膨らませて、美味しそうに野菜クッキーを頬張るリモナイト殿下の顔を見て、しめしめと若干悪い顔しつつ、子供は健康に大きくなってねって思っちゃうんだよね。あ、お前も子供だろって突っ込みは許してね。



 あまり王子様方をこの席に留め置く事も出来ませんし、なんたってこのテーブルにはアイクお兄様の笑顔の結界がありますが、周囲の御令嬢はしっかりと耳を此方に向けて、会話が漏れ聞こえてこないかと、虎視眈々と狙っています。

(うん、前のめりの精神は嫌いじゃないが、私に向くのは怖いので逃げる)

 ドレスの隠しポケットから持ち歩きようのクッキーをこっそり取り出し、挨拶周りをしないといけないリモナイト殿下にそっと持たせる。道中お食べってやつです。でも、結局お勧めしたケーキと、この席用に置いていたのは、しっかりとリモナイト殿下の頬袋に詰め込まれていた。

(伸びるなぁと思ってたけど、そうか、リモナイト殿下はリスか。なら可愛いのも仕方無い。今日から心の中ではリス王子だ)

 一人そんな事を考えていると、アイクお兄様が珍しく周りを見渡して首を傾げている。そんな、落ち着きの無いお兄様は初めて見る。

「アイクお兄様、どうなさったの?」
「ああ、友人が来て無くてね。今日は参加するって言ってたから、アリアにも紹介したかったんだけど」
「ご友人ですか…」
「こういった場が嫌いだって言ってるから、やっぱり逃げちゃったのかもね」

 友人を思い出しているのか口元に微笑みを浮かべて、優雅に紅茶を口にする。私と言えば、普段は仲良くしている令嬢友達は、今日は親の指令も入っているだろう、王子様へのアピールに忙しそうなのを見かけたばかり。

(折角だから、中庭でも散策させて貰いましょうか)

「アイクお兄様、少し花を見てまいります」
「うん、気をつけてね」

 沢山の庭師が整備している王宮自慢の中庭に咲き誇る花々、温かい春の月には色取り取りの花が咲き乱れ、今日の令嬢達のドレスのように綺麗。だけど、私の目的はそれではなくて、お茶に使えそうな新しいハーブが入っていないかのチェックだ。
 背が低いので埋まってしまわないようにドレスの裾を持ち上げ、花を不要に踏まないようにと歩いていたら、目の前をちらつく白と黒の長いふわふわとしたもの。

(…尻尾?)

「なんで、こんな所に尻尾が生えてますの?」

 右へ左へとゆらゆら揺れている白黒の尻尾に合わせて、私の首も同じ様に揺れる。音をなるべく立てないようにと進んで行くと、其処に居たのは前世でも見た事のある、ホワイトタイガーの子供(大きさだけ言えばデカイ猫)が転がっていた。

 その時の衝撃は、まさに雷が落ちたよう。

 ゴロンゴロンと芝生の上に転がり、たまに口に自然と入ってくる草をあぐあぐと噛み締め、目の前を横切る小さな虫にじゃれて飛びつく。もふもふの手足にちらりと見えるピンク色の肉球まで確認出来たところで、私のリミットは切れました。

「か、かかかあわいい~~~~!!!」
「!?」

 私の声に尻尾がビクッっと驚きを表し、瞳の瞳孔が全開でまん丸の可愛い目がじっと私を見つめてくる。耳は警戒を示しているのか、ぺたんと寝ていてどうしようと戸惑っているのが目に見えて解る。誰か解らなくて警戒している姿は正しく猫科のそれ!守ってくれる人の気配をしっかりと探しているのか、じりじりと距離をとってくる。だけど、私にはそんな事関係ない!

「え、ええ、何で中庭に?聖獣?でも違うよね、なんにしても可愛いもふもふー!」
「にゃあああーー!?」
「逃がすか!」

 まさかホワイトタイガーも、女の子が飛び込んでくるなんて思わなかったのだろう。前世の私だって、肉食獣に飛び込んでいくような無謀な事はした事無いです。
 でもでも、この世界に来てからずっとモフモフ不足だったんだもん!お母様の身体が弱いのとラーヴァがまだ小さいので、屋敷で動物を飼う事が出来なかったんです。
 逃げようとする尻尾を素早く捕まえて、痛さにこっちへと向かってきたのを、しめた!とばかりに抱き締める。喉の下とか撫で撫でしながらふわふわの毛並みに顔を埋めて、お日様のいい匂いのする毛皮を堪能しつつ、いつの間にかゴロゴロ聞こえて来る声に笑みを浮かべた。

「可愛い、何処から来たの?お名前なにかなー?瞳が綺麗なエメラルドグリーンだねー?」
「うにゃああ~ん」
「そっかそっか、これが気持ちいいのねー」
「ふみゃぁあん」
「ホワイトタイガーの子供って本当に可愛い!うちに連れて帰りたいー!」

 膝に乗せて喉を擽りながら背を撫でて、擦り付けてくる額をまた撫でてと、しばし時を忘れて、私はその子をモフった。ええ、もう。モフりまくりましたとも!!猫科万歳!もうもう、大好きだ!勿論犬科も好きよ!!
 べろっと頬を舐められて、ざらっとした舌先にくすぐったくて笑っていると、其れが嬉しかったのかもっと舐めようと向かってくる。近付いてくる口元に、特製のクッキーを押し込むと美味しかったのか、瞳がキラキラと輝いて、もっともっと!とせがんでくるのが本当に可愛い。


 散々モフってモフってモフり捲くって、正気に返ったのは、戻りの遅い私を捜しに来たアイクお兄様から名前を呼ばれた時だった。

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