アレキサンドライトの姫君

-2-

「ディルク様、待………っ!」

有無を言わさず、言葉を封じ込めるように唇が塞がれ、激しい口づけがエーデルに降り注ぐ。
それは、まるでエーデルの思考まで…全てを凌駕する勢いで口腔内を蹂躙された。

「本当は待ってやるつもりだった、ちゃんと初夜まで。しかし…貴女がいけない」
「何、が…?」
「貴女が、私以外の大勢の男たちを惑わせるから」
「そんな…っ、私は…何も…っ」

細い両手首が頭の上で片手で一括りにされ、ディルクの空いた手が豊かな胸へと這わされた時、身体が一際跳ねた。

「ん……っ!」

同時にまた唇を塞がれて抗議も出来ない。
掌が絹のドレスを滑り背中に回されると片手で器用に釦が一つずつ外されていく。
身を捩って抵抗をしてみるもののそれは何の意味も成さず、両手が固定されて唇を塞がれたこの状況ではどうする事もできない。
やっと唇を解放され両手も自由になったかと思った刹那、全ての釦が外されてドレスが肩から腕へするりと抜かれてしまった。

「や……っ!」

通常ドレスを着用する際には胸を強調するように持ち上げ腰は細く、コルセットで身体の形を整える。
しかし、エーデルはコルセットを着用していない。その理由は一目でわかる。身体を整える必要のない素晴らしい曲線の持ち主だからだ。
肩も腕も足も腰も華奢という表現が似合うほど細いのに、胸のふくらみは白くたわわに実った果実を思わせるほどだった。その頂には薄紅色の小さな花芽が艶やかに上を向いている。
掌には収まらない柔らかな弾力。強弱をつけて揉みしだくとエーデルの唇から鼻にかかった甘い吐息交じりの嬌声が漏れる。

「ああ……ん…っ! ……嫌、です…、ディルク様……っ」
「私が貴女を抱くのだ、穢れるはずもないだろう」

見惚れるほど妖艶な笑みを湛え自信に満ちた表情でそう言われては二の句も継げない。

「それとも、そんなに嫌ならば私相手にもこれを使うか?」

そう言ってエーデルの太腿からするりと短剣を抜き取り目の前に翳して見せた。

「どうしてそんなに意地悪なことを…っ。私が…ディルク様に剣など使うはずないではありませんか」

止められない涙をそのままに、エーデルはやっと観念したように身体の力を少しだけ抜いた。
その瞬間、ディルクの掌から溢れるように短剣が鈍く重い音を立てて床へ落とされた。

「なんて美しいんだ…エーデル…」

衣擦れの音がやけに大きく響く室内。
いつの間にか身体を覆う全ての衣服が剥ぎ取られ、一糸纏わぬ姿になっている。

「見ないで…っ」

そう気付いた途端エーデルは咄嗟に両手で胸を覆ったがその一瞬にも晒された見事な身体にディルクは息を呑んだ。
毛穴なんてないのではないかと思うくらいの陶器のように滑らかな肌。
降り積もったばかりの雪のような肌の白さは蝋燭の淡い光に照らされて煌き、まるで掌に吸い付きそうなほどに瑞々しい。
髪を結い上げていた飾りを外すと長く艶やかな髪が寝台に広がり宛らその姿は芸術品そのもので、不思議な色彩で輝く瞳から零れ落ちる涙が清廉さを増幅させる。
再び唇が押し当てられ唇を啄むように何度も吸われ、舌先が唇の隙間から侵入して逃げ惑うエーデルの舌を執拗に追いかけては優しく愛撫する。
初めて味わう感覚に身体も頭もついていけず小さく肩が震えだしたその時、唇が解放されて抱き締められた。

「もう包帯を外しているのだな」

不意にエーデルの左腕の傷に指先が伝い、そこへ視線を移動させたディルクが呟いた。

「は、い。もう…傷は塞がっていますし……ん!」

塞がっているとはいえ一筋の痕が残るそこへディルクが唇を押し当ててから舌先で傷痕を辿ると、皮膚が粟立つような擽ったい感覚に身を捩る。

「あ……っ、だめです」

頬から首、鎖骨から肩へ。
小さい口づけが身体の彼方此方に降り注ぎ、その度に甘い吐息が漏れてしまう。
薄紅色の花芽を唇が捉えた時、嬌声は一際高くなり美しい肢体が撓る。

「いや……っ、ああ……ん……っ、あ…」

唇で軽く咥えられ舌先が転がし、次には強く吸われて前歯で甘噛みされる。その間にももう片方の花芽は指先で弄ばれて、身体の中心が熱く疼き下腹部の内側から何かが溢れてきそうな感覚に襲われてエーデルは顔を両手で覆って首を左右に振った。

「この甘い肌…この香り、たまらない」
「だめ…、お願い……、もう……や…っ、ディルク様……恥ずかしい……っ」
「諦めろ、エーデル」

鳩尾から臍の窪みを舌先が光る轍を作って移動し、やがて薄い繁みへと到達する。

「や…っ! そんなとこ……ろ…っ」

脚を閉じて抵抗を試みるエーデルの太腿に口づけてから内腿に手を這わすと恐怖か緊張か内腿が戦慄いて力なく拒むように膝を立てている。
両膝頭に手を遣って割り開いたその隙間に身体を滑り込ませて蜜が滴るその場所へ指を這わすと、それだけで水音が部屋に響く。

「いやぁ…っ」
「すごく、濡れている」

悪戯な指先が上下左右に掠めるように擦られるだけで卑猥な水音が奏でられる。時には円を描くように大きく指が動くと、充血しぷっくりと肥大した蕾に触れる。

「初めてだというのにこんなに濡らして…貴女の身体は快感を正直に表しているのに」

口では否定しておきながら身体は饒舌で、それはひどく淫らだと言われているようでエーデルは涙が止まらない。

「もう…本当に…やめて、くださ……っ」
「素直に感じていいんだ、エーデル。ほら、蜜が止まらない。もっと愛撫を求めている証拠だ」
「あぁ!」

包皮ごと唇に含むと身体が弓なりに跳ねて悲鳴のような懇願する声が部屋に木霊する。

「だめです、だめ…っ、だめぇ!」

舌先が蜜を掬い、啜るように音を立てられて、混乱しながらも意識がどこかへ飛んでしまいそうな感覚が駆け抜ける。

「いや………ぁぁぁ……っ」

痙攣しながら僅かに硬直しその後くったりと脱力したエーデルを抱き締めて、ディルクはその耳元で囁く。

「貴女は…なんて愛らしい…。その声も表情も…全て私だけのもの」
「ディルク…さま…」
「早く、貴女の中にーーー」

言葉尻は聞こえなかった。
ただ、再び指先が蜜の滴るその場所へ這わされると音を立てながら自分の中へとゆっくり侵入してくるのがわかる。

「や……っ!」

粘度の高い液体が掻き回される音。
潤滑剤の役目も果たすそれが指の侵入を助けながら、根元まで徐々に埋められていく感覚に思わず絹の敷布を強く握りしめる。

「さすがに狭いな」
「…あぁあ……ん…ん…っ」

確認するようにゆっくりと指の本数が増やされていき、一体自分の中に何本が埋められているのか分からない。
あまりにも緩慢にそれが行われたため痛さはなかったが、内部のある部分に指が触れるたびに無意識に身体が跳ねてしまう。

「ここか…?」
「あ…っ! ああぁ…ん…っ、ぁ…ん…っ」

蕾と同時にそこを責め立てられると全身の血液が沸騰するのではないかと思うくらいの快感が走り抜ける。
また意識が飛びそうになった時、突然指が全て引き抜かれた。
一旦僅かに身を離したディルクから衣擦れの音がする。
それが衣服を脱ぎ取る音だと悟ると、エーデルはきつく瞳を閉じた。

「エーデル…、挿れるぞ」

何か熱くて固い塊が押し当てられ、蜜を纏わせるように擦られる。

「だめです…、ディルクさま、だめ…っ」

思わず腰を引いて逃げるエーデルの細い腰はすぐに捉えられて引き戻される。

「力を抜いて」
「いや……っ」

逃げたくてもこんなにきつく抱き締められていてはそれも出来ない。
ずっと守ってきたものを、母や乳母の言い付けを、今この瞬間ーーー。

「痛(つ)……っ!」

なんという圧迫感。内側からミシミシと音が聞こえる気がする。何かが引き剥がされるんじゃないかと思うくらいの窮屈な感覚と下腹部の内側からの激痛。

「きっ…つ……」

顔を歪めながらもゆっくり腰を進めるディルクの背に手を回し、きつく抱き付いた。

「エーデル…ゆっくり、息を吐い…て」

切れ切れにそう言いながらディルクもまたエーデルの背を抱き締める。
言われた通りに息を吐くと、やがて時間をかけて全てを埋め込んだディルクが感慨深げに嬉しそうに呟いた。

「ああ…エーデル…。ずっと、こうしたかった…」

隙間なく肌が密着して、愛する人とこうして繋がる行為。
母の教えに背いたという罪悪感がないわけではない。
でも、それよりも嬉しく思ってしまうのは何故なのだろうか。

「ディルクさま…」

名を呼ぶと、色の違う瞳が愛おしげにエーデルを見つめ、指先が涙を拭う。
内部が馴染むまでしばらく動かさずに口づけだけを繰り返していたディルクが、

「動いてもいいか?」

そう尋ねながら返事も待たず抽送を始める。

「い……っ」

少し動かされるだけでも鈍痛が腹部から腰にまで響きそうだった。
それでもいつしか、律動に合わせて水音が奏でられ、エーデルの唇から溢れる嬌声にも甘さが帯びてくる。

「ああ…、貴女の中は…ものすごく心地がいい。油断しているとこちらが先に持っていかれそうだ」

言われている意味がわからない。
ただ、最奥まで突かれる度に眩暈がするほどの快感が走り、内壁の襞に雁首が引っかかればその刺激にも堪えられない。
また意識が飛びそうになり咄嗟にエーデルはディルクの逞しい背を掻き抱く。

「ディルク、さまぁ……、あ…っ、もう…だ、め…っ」
「…エーデル…っ、私も、貴女の中で達(い)く……」

二人は同時に果て、脱力した。
吐精された白濁した液体に混じって破瓜の血液が滴り落ちる。

「エーデル…愛している…」

頬に口付けられて、愛の言葉が耳に届く。
自分も同じだと伝えたいのに言葉が上手く喉の奥から出てこない。
溢れる涙は未だに止まらず、それは罪悪感なのか後悔なのか歓喜なのか複雑に絡み合う心中の整理は出来ないまま。

初めてだというのにディルクはエーデルを離そうとせず、明け方近くまでその麗しい肢体を堪能し続けた。
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