アレキサンドライトの姫君
-4-
突き刺さる様に視線が注がれているのがわかり、居たたまれなさから思わず顔を反対側へ背けてしまう。
その直後、ふっと笑みをこぼす気配がして彼が寝台の縁に腰掛けた振動がエーデルの身体に伝わった。
「エーデル、こちらを向いてくれ」
かけられた言葉に、その低い美声に心音が飛び跳ねて、ますます身体が硬直する。
それでも、なんとか喉の奥から言葉を絞り出す。
「申し訳ありません…、殿下。私、このような姿で……」
はしたない姿を恥じながら、身体を押さえつける様に…胸元を隠す意味も含めて自身の身体を抱き締めた。両腕を掴む自分の手が震えていることに気付く。
「何を誤る。謝罪しなければならないのはこちらの方だ。貴女の身体に多大な負担を強いてしまった」
「いえ、そんなことは…」
本当はこんな会話をしたいわけではなくて。
こうして会えた喜びを、やっと知ることができた彼の身分を、そして何故ここに連れてこられたのかを…。
話したいこと聞きたいことがたくさんあるはずなのに、何一つ言葉が出てこない。
今はただ静かにこのまま退室して欲しいと願ってしまう。
こんな姿を見られたいはずがない。
そんな想いを悟っているのか否か、ディルクは広い寝台の中央で半身を起こしている彼女との間合いを詰める様に身を乗り出してきた。
反射的に、それから逃れようと身体を彼の反対側へ身体を捻りながら身構えてしまう。
「貴女と出会ってからもう十年が経つというのに…貴女はあの頃と少しも変わらない」
唐突に科白の其処彼処に笑みを含ませながら穏やかにそう告げられ、自分の腕を握り締めているその手に手が重ねられた。
「殿下、それはあまりに失礼です。私は17になりました。もう充分大人です…っ」
顔を背けたまま、反論した。
子供のようだと揶揄われているようで咄嗟に激昂したものの、そのまま声を荒げては更に子供扱いされそうで、極力静かに告げたつもりだった。
しかし、語尾が拗ねたようになったことに気づいた時、隣からくすりと笑いが漏れた。
「そういう意味で言ったのではない」
「……え?」
「貴女はあの時のまま純粋で清らかで…、触れたいのに触れるのが躊躇われるような神々しさが今も少しも変わらない」
重なった手に力が込められ強く握られる。
「着飾った姿も勿論美しいが、そのような姿だとまるで神話画から抜け出た女神のようだ」
そう言われた瞬間、エーデルは自身を抱く腕に更に力を込めた。
神話画といえばその多くが裸身に布を纏っただけのような姿だ。裸婦も多い。自分のこの姿がそんな風に彼には映っているのか。
恥ずかしさでいっぱいになり、頬から耳までが熱い。そんなことを言われてもう顔を合わせられるはずもなく、エーデルは頑なに彼を拒絶するように背を向けた。
「殿下、お願いです。…どうか、今日はご退室ください…。失礼なことを申し上げているのは重々承知しております。ですが…、どうか…」
彼の身分を知らなかった頃とは違い、今は彼が『ハインリヒ王国第一王子』という身分だと分かった上で自分はなんて聊爾なことを申しているのだろうと自責の念に駆られながらも恥ずかしい気持ちが止まらない。
好きな人には綺麗な姿を見て欲しい、女性ならば誰もがそう思うはずだ。
婚姻を結んだ後の夫婦ならばともかく、まだ数える程しか会ったことのない彼にこんな寝起きの姿など見せたいはずもない。
「エーデル、頼むから顔を見せてくれ。一目貴女の顔を見たら、希望通り退室しよう。どのみちその様子ではちゃんと話など出来るまい」
「でも…」
「エーデル」
優しく、そして強く名を呼ばれ、エーデルは観念したように仕方なく身体の強張りを解いた。
ゆっくりと顔を向けると、自分を見つめる優しい双眸がそこにある。
彼の方こそ、十年前から変わらぬその蠱惑的な眼差し。
いくら自分の瞳が神秘的だ美しいと称賛されてもエーデル自身には鏡越しにしか見られない自分の瞳とは違い、直接見つめることのできるこの双眸こそ神秘的だと思う。
右目が琥珀色、左目が黒曜石…。
左右の色彩が違う虹彩異色症(ヘテロクロミア)という神の慈しみを湛えたその瞳に見つめられると、それだけで捉われてしまう。
ーーーなんて綺麗…。
栗色のさらさらとした髪が額を覆い、その整った精悍な顔容を無駄のない輪郭が際立たせる。
全体的にほっそりとした印象の体躯ではあるが決して華奢というわけではなく、衣服を纏った上からでも肩幅や厚い胸板、逞しい背中や腕の筋肉はしなやかな豹を思わせる。
平均的な女性の身長より高身長のエーデルより、彼は頭一つ分以上高かった。
まるで昔の高名な芸術家が作った男神の彫刻のよう…とエーデルは我を忘れたように見惚れていた。
「ああ…やっと、貴女に会えた」
そう言いながら、彼もまたエーデルの瞳に捉われたように直視して、エーデルの手を取るとそこへ口づけを落とした。
そのぬくもりに瞠目してエーデルが手を引こうとすると、それを制するように手を強く握り直し、
「では、約束通り退室しよう。但し、身支度を整えたらすぐに私の部屋に来るように。…話がある」
ディルクは身を起こすと、静かに部屋を後にした。
やっと呪縛から解放されたようにほっと息を吐いたエーデルが寝台から降りようとすると、ディルクと入れ違いでミーナが現れる。
「では、エーデル様。まずは湯浴みを」
その直後、ふっと笑みをこぼす気配がして彼が寝台の縁に腰掛けた振動がエーデルの身体に伝わった。
「エーデル、こちらを向いてくれ」
かけられた言葉に、その低い美声に心音が飛び跳ねて、ますます身体が硬直する。
それでも、なんとか喉の奥から言葉を絞り出す。
「申し訳ありません…、殿下。私、このような姿で……」
はしたない姿を恥じながら、身体を押さえつける様に…胸元を隠す意味も含めて自身の身体を抱き締めた。両腕を掴む自分の手が震えていることに気付く。
「何を誤る。謝罪しなければならないのはこちらの方だ。貴女の身体に多大な負担を強いてしまった」
「いえ、そんなことは…」
本当はこんな会話をしたいわけではなくて。
こうして会えた喜びを、やっと知ることができた彼の身分を、そして何故ここに連れてこられたのかを…。
話したいこと聞きたいことがたくさんあるはずなのに、何一つ言葉が出てこない。
今はただ静かにこのまま退室して欲しいと願ってしまう。
こんな姿を見られたいはずがない。
そんな想いを悟っているのか否か、ディルクは広い寝台の中央で半身を起こしている彼女との間合いを詰める様に身を乗り出してきた。
反射的に、それから逃れようと身体を彼の反対側へ身体を捻りながら身構えてしまう。
「貴女と出会ってからもう十年が経つというのに…貴女はあの頃と少しも変わらない」
唐突に科白の其処彼処に笑みを含ませながら穏やかにそう告げられ、自分の腕を握り締めているその手に手が重ねられた。
「殿下、それはあまりに失礼です。私は17になりました。もう充分大人です…っ」
顔を背けたまま、反論した。
子供のようだと揶揄われているようで咄嗟に激昂したものの、そのまま声を荒げては更に子供扱いされそうで、極力静かに告げたつもりだった。
しかし、語尾が拗ねたようになったことに気づいた時、隣からくすりと笑いが漏れた。
「そういう意味で言ったのではない」
「……え?」
「貴女はあの時のまま純粋で清らかで…、触れたいのに触れるのが躊躇われるような神々しさが今も少しも変わらない」
重なった手に力が込められ強く握られる。
「着飾った姿も勿論美しいが、そのような姿だとまるで神話画から抜け出た女神のようだ」
そう言われた瞬間、エーデルは自身を抱く腕に更に力を込めた。
神話画といえばその多くが裸身に布を纏っただけのような姿だ。裸婦も多い。自分のこの姿がそんな風に彼には映っているのか。
恥ずかしさでいっぱいになり、頬から耳までが熱い。そんなことを言われてもう顔を合わせられるはずもなく、エーデルは頑なに彼を拒絶するように背を向けた。
「殿下、お願いです。…どうか、今日はご退室ください…。失礼なことを申し上げているのは重々承知しております。ですが…、どうか…」
彼の身分を知らなかった頃とは違い、今は彼が『ハインリヒ王国第一王子』という身分だと分かった上で自分はなんて聊爾なことを申しているのだろうと自責の念に駆られながらも恥ずかしい気持ちが止まらない。
好きな人には綺麗な姿を見て欲しい、女性ならば誰もがそう思うはずだ。
婚姻を結んだ後の夫婦ならばともかく、まだ数える程しか会ったことのない彼にこんな寝起きの姿など見せたいはずもない。
「エーデル、頼むから顔を見せてくれ。一目貴女の顔を見たら、希望通り退室しよう。どのみちその様子ではちゃんと話など出来るまい」
「でも…」
「エーデル」
優しく、そして強く名を呼ばれ、エーデルは観念したように仕方なく身体の強張りを解いた。
ゆっくりと顔を向けると、自分を見つめる優しい双眸がそこにある。
彼の方こそ、十年前から変わらぬその蠱惑的な眼差し。
いくら自分の瞳が神秘的だ美しいと称賛されてもエーデル自身には鏡越しにしか見られない自分の瞳とは違い、直接見つめることのできるこの双眸こそ神秘的だと思う。
右目が琥珀色、左目が黒曜石…。
左右の色彩が違う虹彩異色症(ヘテロクロミア)という神の慈しみを湛えたその瞳に見つめられると、それだけで捉われてしまう。
ーーーなんて綺麗…。
栗色のさらさらとした髪が額を覆い、その整った精悍な顔容を無駄のない輪郭が際立たせる。
全体的にほっそりとした印象の体躯ではあるが決して華奢というわけではなく、衣服を纏った上からでも肩幅や厚い胸板、逞しい背中や腕の筋肉はしなやかな豹を思わせる。
平均的な女性の身長より高身長のエーデルより、彼は頭一つ分以上高かった。
まるで昔の高名な芸術家が作った男神の彫刻のよう…とエーデルは我を忘れたように見惚れていた。
「ああ…やっと、貴女に会えた」
そう言いながら、彼もまたエーデルの瞳に捉われたように直視して、エーデルの手を取るとそこへ口づけを落とした。
そのぬくもりに瞠目してエーデルが手を引こうとすると、それを制するように手を強く握り直し、
「では、約束通り退室しよう。但し、身支度を整えたらすぐに私の部屋に来るように。…話がある」
ディルクは身を起こすと、静かに部屋を後にした。
やっと呪縛から解放されたようにほっと息を吐いたエーデルが寝台から降りようとすると、ディルクと入れ違いでミーナが現れる。
「では、エーデル様。まずは湯浴みを」