【完】『そろばん隊士』明治編
これが加納には恐ろしかったらしい。
なぜなら。
「巡査は顔を知られてはならぬ」
という総監の川路利良の方針で、なるだけ面の割れていない者を採用していたからである。
それが。
「洛中で顔を知らない者はない」
と言われてしまうと、それは巡査として働けない…ということを意味する。
加納は震えた声で、
「…行ってよし」
と言い岸島と大垣屋を放免せざるを得なかった。
しばらくして、
「岸島さま、あぶのうございましたな」
「かたじけない」
大垣屋はいたずら小僧のようにニヤリと笑い、
「どうやら、京におらねばならぬ名分がなくなりましたな」
というと、
「わたくしめに、ちと案がございます」
と言い、帰途を急いだ。