Melty Smile~あなたなんか好きにならない~
御堂さんを見送ったあと。
一時間と経たぬ間に、田所部長が私のデスクへとやってきた。

「ひとつ頼まれごとをしてくれないか」

そう言って差し出したのは、A4サイズの用紙がすっぽりと収まる大きな封筒。

「デザイン会社M’sとの契約書だ。営業が御堂くんに渡すのを忘れてしまってね。彼の会社へ届けてほしいんだ」

まさか。せっかく、さようならしたばかりなのに、もう一度あの男の顔を見なければならないなんて。軽く眩暈を覚えた。

とはいえ、これは仕事だ。断るわけにはいかない。
よりにもよって”こんな日”に、二回も顔を合わせるなんて、不運過ぎる。

「……わかりました」
「十九時に届けると連絡しておいた。家に帰りがてら寄ってくれると助かる」

やむなく封筒を受け取った私へ、田所部長は「そうだ」となにかを思い出したように、お尻のポケットから財布を取り出した。

「これで、簡単な手土産でも買って、持っていってくれ。お釣りは佐藤さんにあげる。美味しいものでも食べておいで」

後半は周りの社員に聞こえぬようひそひそ声で、そっと私の手に五千円札を握らせる。

「いえ、お釣りをいただくわけには……」

「聞いたよ、今日、誕生日なんだろう? こんな日に残業させてしまう詫びだ。あ、手土産分は領収書切っといてね」

ニッと笑って一方的に告げると、片手をひらひらさせて「頼んだよー」なんて言いながら自席へと戻っていってしまった。

田所部長の気遣いを嬉しく感じながらも、同時に虚しさが込み上げてくる。
予期せず今日が特別な日であることを再確認してしまった。

今日は私の、二十七歳の誕生日。
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