Melty Smile~あなたなんか好きにならない~
「このホテルの何室かは親父の会社の所有物なんだ。海外からの来客をもてなすときなんかに使うんだけれど、そう頻繁にVIPなんて来ないからだいたい空室で、自由にしていいことになってる」

そう言って御堂さんは懐から部屋番号の刻まれた鍵を取り出し見せてくれた。

「この部屋に辿り着くまでに、二段階の施錠が施されている。ひとつめの鍵はスタッフが、ふたつめはここにあるから、一般人はまず入り込めないよ」

その鍵のひとつを私の手のひらに乗せ、握らせた。

「セキュリティは万全。この部屋にいる限り、誰も手出しはできない。しばらくここに身を隠すんだ。外に出るときは必ず俺が付き添う。決してひとりでは出ないように。いいね?」

私に注意喚起したあと、北條さんに向かって「そういうわけだから」と念を押す。
北條さんは「かしこまりました」と恭しく一礼して、慎ましく部屋を出て行った。

「俺は帰るけれど、なにか気になることがあったら電話して。すぐに駆けつける」

「はい……」

とはいえ、こんなに広い部屋でひとりぼっちなんて――安全だと言われても、正直心細い。
かといって帰らないでなんて言えないし……。

気がつくと時刻はもう二十三時を回っていた。
明日も彼は仕事なのだ、早く家に帰してあげなければ睡眠時間がなくなってしまう。

どうしようもない顔でうつむくと、御堂さんは困ったように眉を下げた。

「そんな顔しないで。少しだけここで我慢して? 華穂ちゃんが危ない目に遭わないように、すぐになんとかするから」

まるで駄々っ子をあやすみたいに、目の高さを合わせて微笑む。
私を安心させようとしてくれているのだろうけれど、そんな名案があるとは思えない。だからこそ、こうして逃げてきたわけだし。
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