Melty Smile~あなたなんか好きにならない~
始めて目にする彼の厳しい一面。

考えてみれば、従業員を抱えて会社を経営する立場の人だ、社員を叱らなければならないときだってあるだろう。

顧客の要求を満たせない商品は納品できない――デザインにかかわらず、どんな仕事においても基本中の基本。
彼の言っていることは、間違っていない。

――『クオリティを落とすことなく答えてくれる御堂くんだからこそ、本当に助かってる』――
田所部長の言葉を思い出しながら、それがどれほど難しいことなのかを理解した。
この一瞬に垣間見えた彼の妥協を許さないプロ意識こそ、田所部長が彼を指名し続ける理由なのだろう。

軽い人だと軽蔑していたはずの彼が、途端に立派な『社長』に見えてきて――。

威厳のある立ち居振る舞い。重い責任を背負った、毅然としたうしろ姿。これが本来の彼の姿なのだろうか、なんだか少し怖くなってしまった。
今まで能天気な笑顔しか見せてくれなかったのは、きっと私が『お客様』だからだ。

予期せずこんな一面を目の当たりにしてしまって、これから、いったいどんな顔で彼と向き合ったらいいのかわからない。

困惑しながらその場に佇んでいると。

「業者の方ですか!?」

目の前の扉から女の子がひょっこりと顔を覗かせて、驚いた私は「きゃっ」と声を上げてしまった。
二十代前半くらいの、まだあどけなさを残す女の子だった。

「ええと、私は株式会社トレ――」

「お待ちしてました、こちらです」

名乗る隙も与えられず、問答無用で連れていかれたのは、オフィスの端にあるコピー機の前。

「どうもこのコピー機、動かなくて」

そう言って彼女は、コピー機をバンバンと乱暴に叩く。
フロントや側面カバーが開いていて、なにかに試行錯誤している感じは見受けられた。

困ったように首を捻る彼女。
あれ、もしかして、私のこと、修理の人かなにかだと思ってる?
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