Melty Smile~あなたなんか好きにならない~
お金で彼を選んだわけではない。
彼が社長だとか、大企業の跡取りだとか、そんなことはどうだっていい。

ううん、いっそ、彼がなんの地位も持たない、普通の人ならよかったのに。
そうすれば私は胸を張って彼のことが好きだと言えるのに。

――でも現実は違う。彼は上流階級の人間で、私の手の届かないところにいる。

感情を爆発させた私を、陣さんはしばらく呆然と見つめていた。
けれど、すぐさま顔を歪めて「くそっ」と悪態をつく。

しゃくりあげボロボロと涙を流し続ける私を放っておけなかったのかもしれない、私の頬に指を添えて、涙を拭う手伝いをしてくれる。

泣いているのは彼のせいなのに。変なところで優しくするから、余計に陣さんという人がわからなくなる。

「華穂、俺は――」

陣さんがなにかを言いかけた、そのとき。


客室のドアが外側から強く叩かれた。ドンドンドン、と三回。間髪入れず響いた、ひどく焦った声。

「陣! いるんだろ! 開けてくれ、話がしたい!」

驚きに大きく目を見開いた。その声を聞き間違えるはずがない。

どうしてここに……? 堪えようとしていた涙が、途端にボロボロと止まらなくなってしまう。

「もうこの場所を突き止めたのかよ。早いな」

陣さんがドアの方を忌々しく睨んで、チッと舌打ちした。
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