Melty Smile~あなたなんか好きにならない~
『社長』という地位を築き上げるまで、彼はどれほどの努力を積み重ねてきたのだろう。
私たちには笑顔を振り撒き、能天気な振る舞いをする彼だけど、本当はその裏で、徹夜して仕事に打ち込んで、完璧を目指して足掻いて――。

『代表取締役』という立派な肩書きは、決して表向きだけじゃなくて、彼が歩んできた道のりそのものなのだろう。
今なら彼のことを尊敬できる。

「今の御堂さんの方が、私はずっと好きですよ」

私が笑いかけると、御堂さんは困ったように口もとを隠した。

「……その台詞はダメだよ」

「ご、ごめんなさい、失礼でしたか!?」

「いや……そうじゃなくて……」

困惑交じりの笑みを浮かべた彼が、瞳を甘くトロンとさせる。

「そんなことを言われたら、冷静でいられなくなるじゃないか」

テーブルの上に置いてあった私の手に、彼が手を伸ばしてきて、重なった瞬間にびくりと震えてしまった。

「あの――」
「しーっ」

椅子から腰を浮かせて身を乗り出した彼が、すかさず私の唇に人差し指を押し当てる。
彼の顔が目の前に迫り、ぱちりと長い睫毛が瞬いて、瞳の下に影をつくった。
それはまるで、芸術作品のように精緻で美しく――。

――綺麗。

そんなことを思ってぼんやりとした一瞬の隙をついて。
私の左頬に、彼の唇が重なった。

「っ!」

耳もとでちゅっ、という艶めいた音がして、ドキン、と鼓動が大きく弾けた。
慌てて後ずさった私を見て、彼はちょっと悪戯っぽく笑う。

「一応ビジネスの場だから、手加減はしておいた」

「て、てかげん……?」

「本当は唇にしたかったんだけど」

彼は自身の紅く濡れた唇にそっと指を添えて囁く。
それが私に触れていたのかと思うと眩暈がして、顔が熱く火照ってしまった。
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