Melty Smile~あなたなんか好きにならない~
一階に辿り着いた私は、エレベータを出た瞬間げんなりとした。

エレベータホールから受付までは一直線だが、人の顔が視認できないくらいの距離がある。
それでもその男の洗練されたシルエットは際立っていて、遠目からでもすぐにわかった。

百八十センチ越えの長身によく似合う、丈の長いベージュのトレンチコート。
おしゃれなビジネスバッグと先の尖った細身の靴は上質な革製で、その人物の品格を引き上げている。
ちょっと長めの、わずかにウェーブした無造作な黒髪が、嫌味なく恰好いい。

その男は受付の女性スタッフとなにやら親し気に話し込んでいた。
また性懲りもなく女性を口説いているのだろうか……?

とはいえ、スタッフの方もまんざらではなく、会話を楽しんでいるように見える。
さては、彼女もこの男の肩書きとルックスに騙されたうちのひとりだな……

恐る恐る近づくと、気づいた彼が私に向かって視線を跳ね上げた。

「華穂ちゃん久しぶり! 会いたかったよ!」

彼は両手を大きく広げ、さぁ、胸の中に飛び込んでおいで、といわんばかりのポーズで再会の喜びを表現する。
いつも通りの調子のいい言葉と、整い過ぎた顔立ち、眩しすぎる笑顔。いろんな意味でクラクラと眩暈がした。
私も危うく騙されてしまいそうだ。首をぶんぶんと横に振って、正気を取り戻した。

「……本日はお越しいただきありがとうございます。会議室へご案内致します」

怯む自分を隠すように、なるべく感情を押し殺して、マニュアルの台詞を一方的に読み上げた。
さっさとこの男を会議室に放り込もう。で、田所部長に引き渡して、お役御免しよう。
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