Melty Smile~あなたなんか好きにならない~
やがて黒木さんも休憩から帰ってきて、私たち三人はひたすら仕事をこなした。
そのおかげか、頼まれた事務仕事は、夕方にはすべて片付きそうだ。

目処が見えて安心した私は、パソコンチェアに座ったまま大きく両手を上げて伸びをした。
御堂さんはトイレにでも行っているのか離席中で、欠伸までこぼれそうになった、そのとき。

「華穂さん、ちょっといいですか?」

斜め前に座っていた黒木さんが、私のことを手招いた。

たぶん、黒木さんは私の苗字を知らないのだろう。その上、御堂さんが『華穂ちゃん華穂ちゃん』と連呼するから、下の名前で呼ぶしかなくなってしまったのだと思う。

回り込んで黒木さんのもとへ行くと、彼はパソコンのディスプレイを私の見やすい角度に傾けながら、ふり仰いだ。

「二十代女性向けの広告を作っているんですが、この色、どう思います?」

見せられたのは、夏らしい躍動感に溢れた広告だった。
『夏だ!行こう!女の子しよう!』という見出し文字に、セールの日取りが入っている。どうやらショッピングモールの広告らしい。

モデルの女性がジャージを脱ぎ捨てて、部屋の外に走り出そうとしている構図。
散乱した化粧品、髪にはカーラーが巻かれたままで、身支度に奔走する様子が表現されていた。
花柄のワンピースに片足だけ突っ込んで、ピンヒールのサンダルとハンドバッグが宙を舞い、出かける直前の慌ただしさがコミカルに映し出されている。

黒木さんは、女の子の周囲の装飾や、文字色を変えたものを何パターンか見せてくれた。

ひとつ目はベースに黒、その周りにシアン、マゼンダ、イエローのビビッドな三原色を引いたもの。
ふたつ目はオレンジや赤などの暖色系で明るくまとめたもの。
みっつ目は海や青空を思わせるホワイトやライトブルーが波のように折り重なったもの。

「クライアントからは、とにかく女性の目を引くものを、と言われているんですが、どうも僕には掴めなくて。今までは総務の女性に意見を聞いていたんですが、いなくなってしまったものですから」
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